若様は屋敷にて
「改めて名乗らせていただく。角亀藩藩主浦子義堂が次子、浦子鬼角と申す」
鬼角は均吾ヶ原で拾った旅人たちを自分の屋敷へと招き入れた。廊下を進み、全員が座れる居間へと通す。板張りの床と木製の家屋は、どうやら彼らには珍しいものだったようだ。一人を除いて、あちらこちらと目を動かしている。
老僕の弥一が座布団を用意している。鬼角はそのうちのひとつに腰を下ろした。まず鬼角から自己紹介をすると、旅人たちも姿勢を正す。
「このたびは危ないところを世話になりました。冒険者パーティ『ドルナッヂの翼』のリーダー、ケニッヒ・デ・ギリナと言います」
「アタシはバムンジー・オーセット」
「キド」
「クラウス・ネフリターニャだ。いやあ、色々と興味深いねえ」
警戒する者、不機嫌な者、何を考えているか分からない者、楽しそうな者、と鬼角は第一印象を当てはめていく。かつて郷を訪れた者も名前が先で家名が後ろだったらしいな、と思い出しながら、視線を最後の一人に。
「ボクは山城拓海。ここからとても遠く、日本という国から来ました」
黒い長髪と、黒い瞳。不思議なことに、拓海は同席している誰よりも角亀藩の人間に似ていた。角亀藩の敷地を歩いている時の目つきが他とは違っていたので、気にはなっていたのだ。
何かを懐かしむようで、どことなく悲しげな。
「やはり同郷じゃったか。わしらは三百年ほど前に日本という国からこの地に飛ばされてきた、と伝えられとる」
「さ……三百年!?」
「ああ。元々は海とかいう大きな水たまりの中に浮いておったらしい。ある夜、一晩中地面が揺れ続けて、朝になったら海がなくなってもうてここにいた、と。もう当時から生きとる者も居らんから、信じとる者も少ないんじゃがな」
「し、信じます。カッキハンって名前は知らないです……けど、皆さんが日本の出身だってことは、信じられるから」
拓海は言葉を選びながら、しかしはっきりと角亀藩の過去を肯定してくれた。
不思議な気分だった。決して信じていたわけではなかったはずなのに、何故だか少しだけ救われたような。
「そうか。爺様たちの与太話じゃなかったんじゃなあ」
郷の皆に伝えたらどんな反応をするだろうか。しみじみとそんなことを考えていると、部屋の外から声がかかった。
「若。お茶をお持ちしました」
「おう、頼む」
綺麗な所作で居間に入ってきたのは、ひどく美しい顔立ちの男だった。同性の鬼角から見ても色男だと思う。弥一と違い、本来は鬼角の家宰のような振る舞いをすべき者ではないのだが。
「辰左。さっき均吾ヶ原で拾うてきた客人じゃ。馬を連れとるんで、馴れるまで南には近寄らんように頼むわ」
「左様でしたか。承りました。お客人、お初にお目にかかります」
膝をつき、深々と頭を下げる辰左に、五人はしどろもどろになっている。顔立ちだけでなく、所作も嫌味なほどに美しいのだ。この龍は。
「姓はございませんが、九代様より賜った名は辰左。皆さまに先程迷惑をかけました辰六の父にございます」
「……ちち?」
理解が出来ない、という顔で繰り返したのは拓海だった。互いの素性を把握したからか、客人の中心人物がいつの間にかそちらに移り変わっている。
「はい。我ら一族は九代様のご厚情を得て命を繋ぎ、角亀藩に仕える栄誉をいただいてございます。生まれはダララッツ高地、種族はブラックドラゴン。末弟の辰吾郎以外は皆さまの邪魔になりませぬよう、龍の姿を術にて封じておりまする」
「ドラゴンが……人に、仕える? 逆じゃ、なくて?」
目を輝かせながら、クラウスが聞き返す。ところが辰左は挨拶を終えた以上は客人と話す必要性を感じないのか、一通り茶と菓子を置いて回ると鬼角の横に控えた。頭を下げて、自身が来た理由を告げる。
「殿よりご伝言です。今宵は赫の月が満ちますので、東の狼頭が攻め寄せるやもしれぬ、と。若はどう思われますか」
「ん? そうか……連中の頭目を討ち果たしてから暫く経つな。代替わりをしとったら我らを狙うかもしれん。洸次郎に手配を任せねばな」
「御意」
角亀藩は、四方を外敵に囲まれている。郷に住み着いた辰左たち龍の気配を恐れた者や、南の猪頭のように完全に格付けを終えて襲ってこなくなった者もいるが、今もって懲りずに襲ってくる種族も多くある。
そのうちのひとつが、東に住まう狼頭だ。古くから東の荒野を根城に狩りをして暮らす種族で、頭数が増えるのがひどく早い。若いうちは人の体に狼の頭といった見た目なのだが、年を経た強力な個体は全身が狼に変わる妙な成長をするようだ。
角亀藩の歴史の中で最も頻繁に戦ってきた相手であり、最近になってようやく襲撃の頻度が減ってきた。だが儀式なのか本能なのか、ふたつある月のどちらかが満ちた晩は今でも高い頻度で襲撃を仕掛けてくるのだ。どうやら満月の晩には正気を失うという厄介な性質があるらしい。
前に群れの長を仕留めたからか、ここのところ満月でも襲撃はなかった。代替わりがあるかもしれない、という父の懸念には鬼角も同意するところだ。
「っと、條右衛門に新しい刀を頼んどったんだ。日が沈む前に取りに行かねばならんか」
「承りました。お客人の皆様は、日の高いうちに殿の屋敷にお通ししておきます」
「頼めるか」
客人を置いて中座するのは非礼ではある。だが、郷の治安に関しては常に最優先とするのが角亀藩の絶対的な法だ。世話を請け負ってくれた辰左に後事を任せることにして、鬼角は席を立った。
「お、おい! 待ってくれ、色々と聞きたいことが」
「済まんが、急用が出来したんじゃ。知りたいことがあったらそこな辰左か、後でわしの兄上か父上に聞くとええ。わしより郷の歴史にも詳しいでな」
何しろ、鬼角はどちらかというと荒事が専門なのだ。郷の歴史についても詳しい方だと思ってはいるが、それでも一番だとは思っていない。どうせ聞くのであれば、より詳しい者の方が手間も少なくて済むだろう。
「ひとまずは茶と菓子でも楽しんで体と気持ちを休めるとええ。日の落ちる前には父上の屋敷に辰左が案内するで、その時まとめて教えてもらえるじゃろ」
もし彼らの疑問について辰左や父が知らないのであれば、角亀藩の誰にも伝わっていないと言って良い。
五人を置いていく不義理を今一度詫びてから、鬼角は屋敷を後にした。
自覚はあるが、どうにも自分は大雑把に過ぎる。道理を知らない外敵を相手に戦働きが相応だな、と苦笑いを漏らしながら足を郷の北側へ向ける。
目的地は鍛冶場。剛力が過ぎて刀をすぐに駄目にしてしまう鬼角に、郷一番の鍛冶師が新たな一振りを用意してくれているはずであった。




