若! そのどわあふはもんすたあではありません!
「んで、貴様ンら何を暴れ回っとったんじゃ」
腰を下ろしてひとまず戦うつもりはないと示した鬼角は、手近な猪頭にそう問いかけた。怯え切った猪頭たちは不用意に回答してこちらの不興を買うのが怖いのか、何やら回答者を押し付け合っている。
長い。誰でもいいからとっとと答えろと怒鳴りつけようとしたところで、結局最前にいた個体が諦めたように口を開いた。
「アイツラ、りざーどヲ押シ付ケテキタ。水汲ミ、危険ナノニ」
「ほお」
水汲み、蜥蜴頭と聞いて、ピンと来る。南の大森を二分する大河のことだ。高地では、安全な水場を探すのは容易ではない。陸の敵と、水中の敵にそれぞれ警戒しなくてはならないからだ。
陸の敵は、水場を奪い合う相手。水中の敵は、水場を生息地としている種族。
蜥蜴頭は、大きな河に集落を作る人型の種族だ。主食は魚なのだが、水を汲みに水辺に来た生物を狩って食糧にすることも多い。簡単な道具を作ることもあり、戦闘には骨を加工した槍を好んで使うようだ。
年経た個体の鱗はひどく丈夫で、攻撃も通りにくい。成熟した蜥蜴頭の鱗を一撃で斬れるかどうかが、角亀藩では腕前の指標のひとつになっている。
「そうか、貴様ンら蜥蜴頭には勝てんのか」
「陸ナラ負ケナイ! 水ニ引キズリ込マレタラ危ナイ」
「ふむ。それじゃあ水汲みは確かに命懸けか」
高地には水を飲まなくても生きていける生物もいるが、猪頭はその分類ではないようだ。生きる上で水を必要とするのは角亀藩の者たちも一緒なので、水汲みが死活問題であるという主張はよく分かる。
「で、叩きのめして責任を取らせようって思ったわけじゃな? 話は分かった。で、何人死んだんじゃ」
「何人……?」
「おう。仇討ちなら道理が通る。騒いだことに関しては文句は言わん。蜥蜴頭に殺された人数に応じて、わしが蜥蜴頭を狩ってきてやるわ。それで手打ちにせえ、と言うとる」
鬼角の申し出が予想外だったのか、猪頭たちは答えを返せず顔を見合わせるばかりだった。
「貴様ンらだって、縄張りを広げるために他を利用したことがあるじゃろうが。貴様ンらの先祖と争っていた頃に、狼頭を東から引き込んだこと。わしらは忘れとらんぞ」
「シ、知ラナイ! ソンナコト、伝ワッテナイ!」
「ヌシの青眼は生きとるか? 知らないなら聞いてみい。うちの大婆様が生かして右目を抉ったやつじゃ。存分に教えてくれるじゃろうよ」
青眼、と名前を出すと猪頭たちがいっそう怯え始めた。どうやら生きているし、知らないと言いつつも聞いた覚えはあるようだ。
「で? 答えとらんぞ。何人死んだ」
「ワ……ワカラナイ」
「なんで」
「備エ、シテタ。戦ウノ任セテ、我ラハ追ッタ。ダカラ、ワカラナイ」
馬鹿馬鹿しい。鬼角はそこで猪頭の狙いを看破した。敵を押し付けられたというのはほぼ言い訳だ。捕まえて連れ帰れば面目が立つというのが嘘だとは言わないが、もっと生々しい目的がある。
おそらく、追われている中に女性がいたのだ。猪頭は別の種族の女性に対して、何故だか妙に強い執着を持つ性質がある。女性の気配を感じて、正気を失ったに違いない。
「なんじゃあ。なら仇討ちかどうかもはっきりしとらんのでねえか。それじゃ死んだ数が分かったら言いに来い。聞いたる」
「来イ……? カッキハン、ニ?」
「当たり前じゃろう。それが分かるまで、あの連中は角亀藩の客人じゃ。文句があるなら、この場で相手をしてやっても構わねえが?」
猪頭に捕獲された女性の行く末は明るくない。捨て置いても良いのだが、事情が分からないながらもこちらに逃げろと言ってくる手合いだ。恩と言うにも借りと言うにも些細なものではある。それでもあの瞬間、自分たちの命の危険よりも鬼角を優先していたのは確かだ。
彼らがこんな危険な場所に足を踏み入れた理由は分からないが、一旦は世話を焼いてやることにする。
「用が済んだなら去ねや。わしがおるところは、即ち角亀藩ぞ」
なおも返事をせずに躊躇をみせる猪頭たちに、鬼角は立ち上がって恫喝ひとつ。殺気を多少仕込んでやれば、肝を潰した猪頭たちは一目散に巣へと逃げ戻って行ったのだった。
「ったく、諦めだけは悪いやつらじゃ。……さて、と」
格上に対しては媚びへつらう一方、格下と見なした相手にはどこまでも残虐に振る舞う。猪頭のそういう性質が、鬼角は好きではなかった。戻ってくるような気配もない。獲物への執着心よりも角亀藩への恐怖が優っているのだろう。良いことだ。この分なら、当面南側からの襲撃を心配しなくて済みそうだ。
事態が一段落したと判断して、視線を馬と箱の方に向ける。どうやら馬が潰れかけているようで、それほど離れていないところで立ち往生していた。
「おう、もう大丈夫じゃぞ。猪頭どもは巣へ戻ったわ」
「あ、ああ。ありがとう。感謝する」
と、箱の中から大柄な男が降りてきた。箱の中にはまだ複数の気配。四人か、と当たりをつける。見知らぬ相手に手の内を見せないのは基本だ。図体だけで随分と貧弱そうな男だが、さすがに基本くらいは押さえている様子。
「馬も休ませてやらないけんじゃろ。うちの郷に案内しよう」
「……いいのか?」
「特に珍しいモンもないがの。野宿よりはマシじゃと思うわ」
屋根のある建物で、粗末とはいえ寝具もある。外敵に警戒しながら野宿をするよりは体を休められるはずだ。
男は少しばかり警戒感を見せていたが、ほどなく頷いた。馬が疲れているようなので、郷へはゆっくりと進むことにする。
「実は少し前にこの高地に来たばかりなんだ」
「ほうか。わざわざこんなところに来るなんて、物好きなんじゃのう」
何しろ、東西南北敵だらけなのだ。鬼角自身は『先祖が突然この土地に故郷ごと飛ばされてきた』という話を頭から信じているわけではないが、そんな特殊な事情でもなければこんな厄介な場所に住み続けたりはしないだろうなと思ってもいる。
移住を諦めた理由も、友好的な種族が近隣にひとつもなかったからだ、と聞いている。こうして前向きに話せる人間がやってくること自体に、鬼角はとても驚いている。
「やはり来る者は少ないかね」
「郷のモン以外で、ちゃんと話が出来るやつと会ったのはこれが初めてじゃ。もんすたあ共はすぐに食欲とか略奪とかに流れるでな」
言葉を操る外敵はそれなりにいるが、大体がこちらの警戒を下げる手口だから気をつけるように、と若者たちは郷の古老たちから厳に戒められている。
鬼角も当たり前に分かっているのだが、彼らがそういう姦計を巡らせるようには見えなかった。単純に貧弱すぎて、何を企もうと無害だろうなと見切ったというのもある。
鬼角が手を差し伸べなければ、もれなく遠からず高地の土に還る。正直、何かの刑罰で送り込まれたと言われても納得してしまいそうなほどに。
「それにしては、驚かないんだな? 珍しがるわけでもないし」
「ああ、五代様の頃に一度あったとは聞いとる。高地の下に人里があることも、その方に教えてもろうたと」
「そ、その話、くわしく!」
と、箱の中から声が聞こえて、何かが飛び出してきた。背は低く、何やら切羽詰まったような顔で近づいてくる。
見たことのない風体。鬼角の記憶にあるのは、郷の子供たちか、もしくは。
「な、なんじゃ!? ……小鬼の変種かなんかか?」
「何だとこら誰がゴブリンだ失礼なやつだな!」
違ったらしい。真っ赤になって胸倉を掴む様子に、鬼角はどうやら自分が言葉選びを間違えたことだけは察したのだった。




