若様の引率
「若。このままだとおそらく間に合わないかと」
「……やっぱりそう思うか、辰左」
「はい」
十日目の鍛錬を終えたあと、様子を見ていた辰左が申し訳なさそうにそう告げた。鬼角も同感だったので、特に感慨はない。
ケニッヒへの鍛錬は、おそらくこのままでは失敗する。食事と鍛錬だけでは、筋力の育成には時間がかかるからだ。それなりに順調に推移しているが、目標への到達という意味では見通しは暗い。
「桃柄はどうにか振れるようになったようですが……」
「所詮、子供向けじゃしな。條右衛門がいかに軽い刀を鍛えるにせよ、今のままじゃ話にならん」
「やはりレベルを上げるほかないのでは」
「それが出来るなら苦労せんのよ」
猪頭であれ何であれ、撃破できるだけの力があるならば討伐をさせれば良い。それだけの力がないから鬼角も悩んでいる。
この近隣に住む種族は(満月でもなければ)角亀藩の者を見るだけで逃げ出すから駄目だが、少し離れた場所はまだスレていないから何とかなる。歩いているだけで襲ってくるような、血の気の多い個体はいるものだからだ。
が、ケニッヒは角亀藩の基準ではそれすらも出来ない水準ということになる。鬼角や辰左がお膳立てをしてやる方法もないではないが、角亀藩でそれは『潔くない』と忌避される方法である。
角亀藩の刀は重い。ダララッツ高地に住む生物群は、極めて頑強に生まれつく。その防御を破れるだけの斬れ味と丈夫さの両立を求めた結果、角亀藩は刀に使う鋼を特別なものへと切り替えた。結果として、外の者には持ち上げるのも覚束ないほどの重量になっていた、というわけだ。
「背に腹は代えられんかのう」
「若。良い方法がありますよ」
ケニッヒはあくまで客人。藩にとっての賓客はバムンジーだが、その仲間に恥をかかせたとあっては角亀藩の名折れ。悩む鬼角に解決策を提示したのは、誰よりも高地の事情に詳しい辰左だった。
「ルモルテの滝にギリナ殿をお連れなさいませ」
「るもるての滝? この高地にそんな場所があるのか」
「はい。滝壺の近くに、コルナキという果実が実っています。これを食した者は、例外なくその身のレベルを上げると言われております」
ルモルテの滝は、ダララッツ高地最高峰『ジャンダガル山』の中腹にある雄大な滝だ。高地の中央近くにあるため、知る者は極めて少ない。さすがに黒龍だけあって、辰左はよく知っていた。
幼いどらごんは、親が優秀な個体であれば一度はコルナキを口にしたことがあるという。辰左や辰太もまた、親に連れられてコルナキを食べたのだと教えてくれた。
「取ってくるだけでは駄目なんか? わしなら狩りついでに行ってこられるが」
「日持ちしないのです。もぎ取って半日も経てば腐り果て、その霊性を失うので」
「なるほど、そりゃいけんな」
高地の中央となれば、一日や二日で行き来できる距離ではない。食べるためには現地に向かわなくてはならないのは仕方ないが、つまりそれだけ危険を伴う。
だが、鬼角の顔はむしろ明るい。ただ思い悩むよりも行動する余地がある方が、鬼角の性に合っている。
「ちょっとした旅になるな。山登りは久しぶりじゃわ」
***
三日後。
鬼角の姿は、ダララッツ高地の中央近くにあった。辰左を先頭に、ルモルテの滝へ向かって歩き続けている。
同行者はケニッヒとクラウス、勇者タクミ。ケニッヒとタクミは分かるのだが、クラウスが同行しているのはどうにも解せない。
森では自分の力が役立つから、と売り込んできたのだ。英雄譚を求めて高地を目指した彼は、『食べるだけでレベルを上げる果実』という話に食いついたのだ。置いて行ったら勝手について来る、とバムンジーが言い出したことで同行を許したが、今のところ何の役にも立っていない。
「そういえば、城戸どのは食いつかなかったな」
「金に……ならないと思った……んだろ。あいつの求める……宝物は……金銭的な価値が……最優先だから」
「ふむ」
腐れば無価値の果実だ。確かに宝物としての価値はないか。
息を切らしながら答えるケニッヒは、それでも足取りはまだしっかりしている。軽装のタクミも同様だ。一行の中でふらついているのは、クラウスひとり。
「しっかりせえ。倒れても背負ってはやらんぞ」
「ドラゴンが……一緒なのに……なんで徒歩なんだい!」
「私どもが背に乗せるのは、当主ご一族だけです。この中では若ですが」
クラウスの恨みがましい苦情を、辰左がにべもなく切り捨てる。どうやら辰左の背に乗って空の旅でもするものと思い込んでいたらしい。甘い。
懇願するような視線を、鬼角はすっぱりと無視した。空の旅も嫌いではないが、今は足手まといが三人もいるのだ。空を行く生物に彼らが狙われたら、防戦一方になるのは目に見えている。
「鬼角さん。あそこにモンスターが」
「あれは確か……『はいやはうんど』じゃな。ある程度まで近づくと火ぃ吹くで、気をつけてな」
「はい」
勇者タクミは流石勇者と言うべきか、息を切らせることもなく周囲を観察する余裕を見せる。体毛を燃え上がらせた獣は、こちらを警戒する様子を見せるものの、襲い掛かってくるようなことはなかった。辰左の気配に龍を感じたか、鬼角の危険を
察知したか。
「あれの肉は筋張って美味しくないんですよね」
「そうじゃな。けど、火のない時には重宝するぞ。焼かんでも食えるでな」
辰左の評価基準は、食って美味いかそうでないかだ。決して食道楽というわけではないのだが、肉に関してだけは口煩い。鬼角はどちらかというと悪食で、どんな肉でもどこか評価できる点を見つけがちだ。
「若はなんでも好き嫌いせず召し上がるのに、何故私どもの尻尾だけは受け入れて下さらないのか……」
「どらごんは食わんぞ」
何故かはよく分からないのだが、辰太と辰左の兄弟は、事あるごとに自分たちの尻尾を食材として使うように求めてくる。郷の古老たちに聞くと、彼らが藩に服従した時からの奇行らしい。彼らにとっては何かしら意味のあることらしいのだが、鬼角も角亀藩の面々も流石にその趣味だけは理解できずにいる。
しょんぼりしながら先頭を行く辰左を、ケニッヒたちが信じられないものを見るような目で見ていた。
「……前途多難じゃのう」
目的地はまだ遠い。




