勇者はドラゴンに魔法を習う
バムンジーとケニッヒが、キドとクラウスに修行のために時間を取りたいと伝えると、意外にも二人は快く許してくれた。普段であればパーティを解散しても不思議ではない時間の浪費なのだが、今回は事情が異なる。ふたりだけで離れるにはダララッツ高地は危険すぎるし、特にケニッヒの修行はここから先のパーティの戦力向上に直結する。
何よりも、ダララッツ高地に突入してすぐの経験は、自分たちがこの土地で自由に動くには実力不足だったことを明確に証明していた。
それから三日。バムンジーもさっそく鍛冶場に下働きで入ることになった一方、ケニッヒは相変わらず鬼角にころころと転がされている。
「で? 少しは糸口を見つけられたのかよ?」
「残念ながらまったく何も。自信なくすよ」
バムンジーからの質問に、重い口調で答えて肩を落とすケニッヒ。ハイランダーはその種族的な性質上、生まれついて身体能力に恵まれている者が非常に多い。ハイランダーの若者は成人になるとその殆どが大都市に出て冒険者や傭兵として生活を始めるが、ケニッヒはその中でも極めて順調にキャリアを積んだ一人と言える。
国からの依頼を得て勇者のガイドを務めるなど、当たり前だが凡百の冒険者には回ってこない。それだけの信用と評価を得たのは、彼ら自身の力だった。
最強だ、などと驕ってはいないが、相当に上位だという自信はあった。だが、そんなものはここに来て木っ端微塵に打ち砕かれている。
「実際、オドゥンてやつはどれくらい強いんだ?」
「それとなく聞いてはみたがね。よく分からなかった」
ドルナッヂの翼の面々はそもそも、鬼角だけでなく角亀藩の者がモンスターと戦う場面を見ていないのだ。先日のライカンの群れに関しても、寝ている間に終わったという結果だけ。ダララッツ高地に暮らしていることも含めて、現実感がないのだ。
クラウスなどは今もって懐疑的で、辰太や辰左のブラックドラゴンとしての威光に庇護されて生活しているはずだと頭から信じ込んでいる。
「『この辺りに住む生き物よりは強い』そうだよ。よく分からないだろ?」
その言葉を聞いた時にケニッヒが頭に浮かべたのは、自分たちを追っていたオークの群れだった。自分たちを追っている間は勇敢だったのに、鬼角と出会った直後から怯える小動物のようになっていた。あの様子を見る限り、その言葉に嘘はないように思うのだが。
「……この辺りの生き物自体がよく分からないんだよな」
「そうなんだよ」
四人が実際に知っているこの辺りの生物は、オークとリザードくらいしかいない。群れれば相当に脅威ではあるが、単体が相手であればどうにか出来そうな種族、というのが彼らの見積もりだ。
やっぱりよく分からないが、少なくとも自分より強いのは間違いない。ケニッヒはその辺りの疑問を棚に上げることにして、当面は『カッキハンのカットゥーナ』を自在に振れる程度の腕力を身に着けることに集中しようと心に決めていた。
***
浦子の屋敷の家宰として、辰太は住み込みで働いている。今日も日課となっている作業を進めながら、客人である四人の与太話に耳を傾けていた。ドラゴンである彼にとって、屋敷内で話している程度ならいちいち集中しなくても耳に入ってくる。
(……何も分かっていないな)
辰太は彼らが角亀藩を馬鹿にしない限り、怒ることはない。彼らの忠心は藩と藩主一族に捧げられているものだからだ。呆れるだけであれば、あえて訂正もしない。
彼らは確かに、単独であればオークにもリザードにも勝てるだろう。連戦による消耗や、包囲による窮地を嫌って逃げていただけという自己評価は正しい。
「少なくとも若に関しては、節穴と言うほかない」
この辺りの生き物より強い。言い得て妙だな、と辰左は笑う。
四人が感じている『この辺り』は文字通りの郷の周辺だろうか。一方で、鬼角にとっての『この辺り』はダララッツ高地一帯。
そもそも彼らは気づいていない。『この辺りの生き物』には、藩に住まうブラックドラゴンの自分たちも含まれているということに。
「私と辰左、辰吾郎……三匹がかりで若に傷ひとつでもつけられるかどうか」
腕白だった鬼角にお目付け役としてつけられた辰左が、角力で鬼角に勝てなくなったのは彼が七つの時だった。
以降、彼が郷の外を出歩くのを止める者はなくなった。止めるまでもないと彼は自分の力で証明した。最近は色々と拗らせた洸次郎が小言を言うので郷に留まる時間が増えているけれど。
「魔王……か」
勇者と魔王。その存在は、ダララッツ高地に住むドラゴン族にとっても他人事ではない。かつて存在した三体の魔王、そのうちの一体はドラゴン族から出た魔王だったのだから。
それはドラゴンでさえも伝承として伝え聞くばかりの、遠い遠い昔の話。当代の魔王とやらがドラゴンから生まれていても別に不思議ではないが、どうしても辰太はそこに忠誠を誓う自分の姿を想像できなかった。魔王よりも鬼角のほうがよほど恐ろしい。そう思ってしまっている。
「おっと、そろそろ時間ですね」
考えに耽っている間に、ケニッヒとバムンジーが屋敷を出て行く気配。すたすたと自分の部屋に近づいてくる足音も。
「失礼します、辰太先生」
「いらっしゃいませ、勇者どの」
勇者タクミ。鬼角の依頼で、辰太は空いている時間を使って魔法の指導をすることになった。ドラゴンの使う魔法と人間の使う魔法は本質的には異なるものだが、何も教えられないというものでもない。
オークやリザードに魔法が通じなかったことで、自分の魔法に不安を覚えたらしい。高地でも弱い側の彼らに通じないのであれば、その危機感は極めて正しい。
外皮のぶ厚いリザードはともかく、オークぐらいは丸焼きに出来ないとここでは役に立たないと言って良いからだ。
「勇者どのは郷の皆様と同じく、別の世界からこちらに来られたのでしたね。それでは魔力の成り立ちなどの基本的な知識から」
「はい! お願いします、先生!」
勇者から聞き取った内容に、辰太は少なからず落胆している。どうやら高地の外の人類種は、安寧に溺れて研鑽を怠っているようだ。魔法に関する知識も多くが散逸してしまっているのか、随分と知識に抜けがある。魔法が弱体化したというより、技術体系として破損し始めているというか。
ドラゴン族は種族の知識を魔法によって共有している。辰太と兄弟は角亀藩に仕えて永いから共有作業を怠って久しいが、それまでに得た基礎的な知識は頭の中にしっかり残っている。
「分からないことがあれば、その都度聞いてくださいね」
勇者タクミは、生徒としては実に優秀だった。いつの間にか辰太は、教えるのも案外楽しいものだと思い始めている。
これがひと段落したら、郷の子供たちに魔法を教える役目を請け負っても良いかもしれない。打てば響くといったタクミへの指導に熱中する辰太は、満面の笑顔の下でそんなことを考えていた。




