若様とはいらんだあ
職人の悪いところが出たなあ。
歯に衣着せない條右衛門の言い方に、鬼角はどうしたものかと考える。剣は剣士にとって無二の相棒だ。見たところよく手入れされているし、よほど大切に使ってきたことが見てとれる。これまで、彼はこの剣と難局を共に乗り越えてきたはずだ。あまり不用意なことを言うべきではない。
一方で、刀匠として辛辣な意見になるのも分かる。剣としての出来はともかく、角亀藩の刀として見ると、そこまで詳しくない鬼角からしても未熟と分かる。少なくとも、條右衛門が軽いと感じるのであれば振るまでもなく。
「霧名どの。気を悪くされないようにの。條右衛門は刀匠ゆえ、貴殿らの鍛冶の技法には詳しくないんじゃ」
「……は、はあ」
ひとまず言い訳になりそうなことを並べてみるが、ケニッヒが納得したような様子はない。それはそうだ。鬼角が同じ立場でもそうなる。
ここは一旦落ち着かせて、後でどうにか執成すしかないか。そう考えている鬼角の配慮は、残念ながら届かなかった。
「若。そのような仰りようは困りますな。もしこのようなものを倅なりが完成品と嘯きましたら、しばらく基礎からやり直せと怒鳴りつけるところです」
「あのなぁ、條右衛門」
「父上……」
台無しだ。隣で聞いていた條兵衛は鬼角の気遣いを察していたらしい。父の袖を引いて、何事か囁いている。む、と條右衛門が口ごもった。
分からず屋の職人は倅に任せて、こちらはケニッヒだ。それとなく横目で見てみれば、見なくても分かるほどに頭に血が上っているのが分かる。仕方ないか、と鬼角はこれ見よがしに溜息をついた。周囲の視線がこちらに向く。
「言葉で言うても仕方ねえじゃろ。條右衛門、それが未熟と言うんじゃったら、こちらの霧名どのに見合うだけの刀を用立てて差し上げろ」
「……は!?」
「なるほど。職人なれば己の技で示せと仰るのですか。承りました」
條右衛門が頭を深々と下げた。顔を上げると、まじまじとケニッヒの顔から体つきまで、じっくりと観察を始める。
「な、何ですか」
「ふうむ……。霧名どのと申されたかな」
「そうですが、何か」
「少々お待ちあれ。條兵衛、ついて参れ」
ケニッヒからの質問には答えず、倅を伴って鍛冶場へと戻っていく。あまりの無礼さに、ケニッヒは顔を真っ赤にしている。
「済まんのう、お二方」
「ここの鍛冶師とは、皆あれほど失礼なのですか? こんな侮辱を受けたのは初めてだ!」
「いや、職人ならあんな感じだよな。顔立ち含めて、ホルダスキの伯父さんそっくりだよ」
バムンジーは気にした様子もなく、鍛冶場をじっと見つめている。ケニッヒの怒りの矛先よりも、條右衛門親子が何を持ってくるのかが気になって仕方ないようだ。
「お待たせしました」
少しばかり時間を置いて、中から親子が出てきた。携えてきた刀は二振り。まったく表情に変化のない條右衛門に対して、條兵衛の方はひどく不安そうな顔だ。
二振りを見た鬼角は、條兵衛が表情を曇らせている理由に気づいて少しだけ頬を引きつらせた。不用意に説明したら取り返しがつかなくなる。
「霧名どの、こちらを」
二振りのうち、條右衛門が差し出した方を見て鬼角は目を瞠った。まさかそちらを先に手渡すとは思わなかったからだ。
差し出された一振りを、ケニッヒは不満そうに受け取った。たどたどしくだか抜き放ち、刃紋を見て感嘆の息をつく。
「……見事だ」
感触を楽しむように二度、三度と振る。さすがに別の流派とはいえ剣を修めただけのことはあって、その動きは中々に鋭い。
「少し重すぎるが、振っていれば慣れると思う。これが本場のカットゥーナか……」
「!?」
「失礼なことを申し上げました。確かに素晴らしい鍛冶師のようだ」
驚愕したのは鬼角だけではなかった。横で話を聞いていた條兵衛までもが、信じられないことを聞いたような目で父の顔を見る。
動じていないのは條右衛門だけだった。当然といった顔でその賛辞を受け止め、頭を下げる。
堪らず鬼角は條右衛門の背後に忍び寄ると、ケニッヒたちにばれない程度に肘で小突く。
「おい、條右衛門……」
「若。私どもが今すぐ用意できる中で、最も軽い刀があちらでございます。あれ以上に霧名どのに合う刀は、すぐにはご用意が出来ませんので」
さすがに聞かれたら拙いと感じたのか、條右衛門も小声で返してくる。
言いたいことは分かる。確かに軽いだろう。何しろ、あれは角亀藩の少年たちが訓練の際に最初に持つものだからだ。斬れ味など度外視で、刀の扱い方を身につけさせるためだけに使うような。
角亀藩に生まれた者であれを重いと言う者は、老若男女の別なく一人もいない。
鬼角が思っているよりも、高地の外の者たちは非力なのかもしれない。
「猪頭や蜥蜴頭に矢が立たないはずじゃわ……」
単純に、膂力が足りていないのだ。相手の守りを崩せるだけの威力が出せていない。もしかすると、大瀬戸出口入道がカットゥーナとやらを軽く作ったのもつくりの甘さより何より、満足に振れる者がいなかったからなのかもしれない。
「この一振りをいただいてよろしいのかな?」
「いや……それは」
喜色満面のケニッヒに対して、條右衛門は最後まで変わらなかった。頭を横に振って、冷静にそれを拒む。
「いえ。それはあくまで確認用に用意したものですので、お戻しいただきたい。もしも藩の刀をご用命とのことであれば、霧名どののために改めて一振りを鍛える時間をいただきたいところです」
「なるほど、それは確かに。分かりました、改めてお願いいたします」
郷の者には、柄の桃色で子供向けだと分かってしまう。喜んで振り回していれば、いつかそれが彼の耳に入ってしまうかもしれない。ケニッヒが納得したので胸を撫でおろしていた鬼角だったが、今度は條右衛門の視線がちくちくと刺さってくることに気づいた。
(何じゃ、その視線)
(殿から霧名どのに一振り用立てろとのご下命がありまして)
(……なんじゃと?)
鬼角の都合など知らぬとばかりに、ケニッヒに提案をひとつ。
「せっかくですので、若と一緒に鍛えてみてはいかがですかな。刀が打ちあがる頃には、自由自在に振り回せるようになっていることでしょう」
「何と! 本当ですか!?」
「おい、條右衛門……!?」
「無論です。若は角亀藩でも随一の剛力。きっと見違えるほどの力を得られることと思います」
無責任な。しれっと言い切る條右衛門を睨みつけるが、この鉄面皮はどこまでも平然としている。
(すぐには無理じゃぞ)
(分かっております。他の鍛冶もありますれば、ご懸念なく)
視線だけで会話を交わしている間にも、ケニッヒは覚悟を決めてしまっていた。ぐっと眉間に力を入れて、鬼角の両手をしかと掴む。
「お、オドゥン殿! よろしくお願いする!」
「あー……わしの指導は厳しいでな」
「覚悟の上!」
「済みませぬが、藩より命ぜられている鍛冶が山積しております。完成までにはしばらく郷に逗留していただくことになりますが……」
「問題ない! 最高の一振りを頼みます!」
條右衛門は満足げにうんうんと頷いてから、バムンジーに声をかけた。
「さて、馬夢どの。鍛冶場は常に空いておりますので、いつでもおいでくだされ。刀の鍛冶の技法については、倅の條兵衛よりご教示させていただきます」
「え、アタシも入っていいんですか」
「無論です。実際に刀も叩いてみますか」
「ぜひ!」
どうやら、こちらも上々の首尾となったようだ。
どうも自分が割を食っただけのような。また洸次郎あたりが騒ぐだろうな、と鬼角は頭を掻いた。




