刀とカットゥーナ
義堂の屋敷で一夜を過ごしたドルナッヂの翼の面々と勇者タクミは、表がにわかに騒がしくなったことで目を覚ました。
庭先に何人もが集まっているようだ。特に身支度を必要としなかったケニッヒは興味の赴くまま、外に意識を向ける。
『おお、これは大物じゃ』
『流石は若、見事な腕前』
何やら、例の鬼角が何かをしたらしい。まだ半ば眠っている目を擦りながら、表に出てみる。
「!?」
中庭に、巨大な狼の骸が横たわっていた。毛並みは艶のある灰色。光の具合によっては銀色に見えるかもしれない。神話の生物と言われても信じてしまいそうな、美しい姿。
「おお、起きなすったか」
「お、おはようございます」
言葉を失っているケニッヒに気付いたのか、狼を眺めていた宿老の一人が声をかけてきた。と、隣にいた別の宿老が顔をしかめた。
「いかん、朝も早うから煩くし過ぎたかもしれんぞ。わしらが起こしてしもうたなら申し訳ありませんな」
「あ、いえ」
「それは済まんことをした。旅の疲れもあろうに。おんしら、少し静かにせえ。客人にご迷惑をかけるは藩の恥ぞ」
しまった。せめて上着くらいは着ておくべきだったか。慌てて頭を振って、気にする必要はないと伝える。話題を逸らさないと。
「お気遣いなく。よく休めました。……ところで、こちらの獣は?」
「若様が昨晩討ち取った、狼頭の古株らしいわ。毛皮を殿にご献上なさるとのことよ。これほど見事な毛皮なれば、ご自身でお使いになればと思うんじゃが……」
「ライカン……!? これが……!?」
高地の下では、ライカンは種族としては滅んでいる。だが、それはそれとしてケニッヒが知るライカンの姿と、目の前に横たわる骸はまったく違う。もしかすると自分たちと高地では、ライカンという名でも種族が異なるのだろうか。
「うむ。不思議なことにの、狼頭という連中は年を取ると頭だけでなく体まで獣になるんじゃ。こやつはその中でも相当な古株じゃろうな」
どうやら、人の体に狼の頭というライカンに違いはないらしい。高地のライカンは年を取ると巨大な狼に変わるのか。それにしても。
(どうやった……?)
頭部が粉砕されている。それが狼の直接的な死因であることは、ケニッヒにも分かる。分からないのは、鬼角がどのようにしてこの状態にしてのけたのか、ということだ。
ここに来るまでの間にリザードやオークに放った矢は、外皮に突き立つこともなく弾かれてしまった。魔王の加護だ、と言われても信じてしまいそうな体の強靭さだったのだ。ケニッヒはいま思い返しても、自分の剣が連中の外皮を斬り裂けるビジョンが見えない。
ライカンは高地における生息域のルールによれば、オークたちと同格かそれ以上だと言える。魔剣カットゥーナが一般的に使われている場所だ。斬ったというのであれば分かる。だがこれは、頭の粉砕だ。
「そ、その。オドゥ……オドゥン殿はどちらに?」
「ん? 若であればまだ現場じゃよ。後片付けをしとるそうだ」
「で、ではこの毛皮は?」
「手伝いをしとった者たちが運んできたわ。そやつらも片付けの続きがあるからと現場に戻ったがの」
いよいよもって理解できなくなった。これほど見事な毛皮のライカンだ。宿老たちの態度を見ても、これが相当に大きな戦果であることは間違いない。その運搬を人任せにした? 自らの力を周囲に誇示するためにも、同行するべきではないのか。
そんなケニッヒの内心を知るでもなく、宿老たちは話に花を咲かせるばかりだ。
「そういえばもう一頭は大瀬戸の跡継ぎにお譲りなさるそうじゃぞ。余りが出れば鞘飾りがしばらく豪華になるかもしれん」
「おお。ならば大瀬戸の跡取りもそろそろ一人前か。なるほど、若が気張るわけよ」
もう一頭。その言葉に耳を疑いながらも、ケニッヒは聞き返すような愚は冒さなかった。どうやら角亀藩の者にとって、鬼角のこの戦果は特別なものではないらしいというのが、話の内容から知れたからだ。
半ば信じられない気持ちを持て余していたが、聞くならば本人だ。ケニッヒは朝の支度をすべく部屋に戻ることにした。
***
朝食後、ケニッヒとバムンジーは特に興味を示さなかったキドとクラウスを置いて大瀬戸家の敷地へと足を運んだ。楽しみだという気持ちが半分、キドとクラウスが知らないところで失礼なことを言わないだろうかという心配が半分。
鍛冶場の煙に、バムンジーが相好を崩した。ドワーフの血が騒ぐらしい。
「おや、お客人」
と、ちょうど鍛冶場から出てきた鬼角がふたりを認めて片手を挙げた。
その後ろから、ふたりの男が並んで出てくる。似たような服を着ているし顔立ちも似ているから、家族だろうと当たりをつける。
年かさの方が、鬼角に向かって深々と頭を下げる。若い方も続いた。
「若。改めましてお礼を。倅のために大層な獲物をありがとうございます」
「何、気にするでねえ。わしと洸次郎からの祝いよ。條兵衛が戦場に出ることはねえじゃろうが、立派な一着に仕立ててやれよ」
「はい」
「若。余った分を若の刀の鞘飾りに使わせていただいてもよろしいですか」
と、若い方が目を輝かせて鬼角に問うた。何とも愛嬌のある様子に苦笑いしながら、頷く。
「お前に遣ったもんじゃ、好きにせえ。それよりまずは、わしの満足できる一振りを仕上げてくれ」
「勿論です!」
と、頭を上げた二人の視線がこちらに向いた。正確にはケニッヒではなく、バムンジーの方である。バムンジーもまた、初対面の親戚にどう切り出したものか困っている。
「あ、えっと。その」
「馬文路どのですな。大瀬戸條右衛門と申します。大瀬戸出口入道の五代孫に当たります。どうぞお見知りおきを」
「ば、バブンジ!? バムンジーです、バムンジー! 発音しにくかったら、バムと呼んでください」
「馬夢どのですか。承りました」
ほう、そう発音するんかと呟いたのは隣で推移を見守っていた鬼角。どうやら朝方屋敷で聞いた『もう一頭』を鍛冶場に届けていたようだ。
それにしても、問題は大瀬戸親子とバムンジーだ。話が一切弾まない。二人とも話題を切り出せずに互いの顔を見合っている。話が進まない。
「バム。カットゥーナを見せてもらうんじゃないのかい」
「あっ! そ、そうです。祖父がこちらで学んだという鍛冶の技を教えていただきたくて」
「ほう。出口入道が学んだ? 学んだのは私たちばかりだと伝わっていたのですが」
「ええ。その際に、カッキハンの剣の鍛え方をある程度学んで帰ったと。本人は戻ってから再現しようと試みましたが、どこか満足いかないようで」
バムンジーがあわあわと説明するが、條右衛門はピンとこなかったようだ。首を傾げていたが、ふと視線がケニッヒの背中に向く。
「そちらの御仁が背負っているのは、もしや刀ですかな?」
「え? あ、はい! 大オーセットの三番弟子、ラクダマカン・エレクネキシアが鍛えた大身のカットゥーナです!」
ダララッツ高地の下では、カットゥーナはドワーフの秘伝として高い人気を誇る。ケニッヒはかつて、ディグジーの三番弟子に当時の財産の八割を支払って特別にカットゥーナを鍛えてもらっていた。ケニッヒがバムンジーと知り合ったきっかけであると同時に、このカットゥーナは自身の切り札でもあった。
「見せていただいても?」
「ぜひ!」
バムンジーからの断るな、という殺気のこもった視線を受けつつ、カットゥーナを鞘ごと背中から引き抜いた。條右衛門に手渡すと、その表情がぴくりと動いた。
「……軽すぎる」
「えっ」
呟きを聞きとがめる間もなく、するりと鞘から抜き放たれる。美しい刀身が露わになり、思わずケニッヒはほうと息を吐いた。見事な逸品だ。
が、條右衛門は刀身を軽く見ると、興味を失ったように吐き捨てた。
「なまくらですな」
「なぁッ……!?」
「なるほど。出口入道は見様見真似で学ばれたのですね。それでは満足いかぬつくりになったというのも無理はありません」
ほう、と溜息をつく條右衛門に、ケニッヒはどう返したものか分からないまま、バムンジーの方に呆けた視線を向けるのだった。




