大瀬戸とオーセット
「さて。かつてこの郷に迷い込んだ旅人の話であったな」
夜になったのでそのまま解散……とはならなかった。比較的安全な角亀藩ではあるが、狼頭が襲撃している当日だ。今日は藩主の屋敷に泊まっていけと言われて、ドルナッヂの翼の面々はその言葉に甘えることにした。
夕食の膳が運び込まれる中、義堂が思い出したように口にしたのはバムンジーの目的地だった。
「我々はその手記を見ていないのですべてが正しいとは言えないが、貴殿の祖父御が立ち寄ったのは確かにこの角亀藩であるよ」
「本当ですか!?」
「うむ。我らの祖先に新たなる鍛冶の技法を伝えてくれた『大瀬戸出口』なるどわあふの旅人の話が残っている」
「オーセト……デグジー……」
バムンジーの祖父の名はディグジー。彼らが発音しやすいように伝わったのならば少し違う響きでも不思議ではない。何しろ、自分たちだって鬼角をその名の通り発音できないのだ。
「貴殿の祖父、大瀬戸出口殿は相当の傷を負って近くの河に流れ着いていたという。発見が遅れれば、猪頭どもか蜥蜴頭どもの餌になっていただろう」
その話は、手記に書かれている内容と合致する。ディグジーは当初、角亀藩に辿り着くことなく高地の中央付近まで探索の手を伸ばした。そこで凶悪なモンスターに追いかけられ、一縷の望みを賭けて河に飛び込んだのだそうだ。
「川の中で、リザードに追われたりはしなかったのでしょうか」
「蜥蜴頭が河で狩りをするのは、子供の時分とよほど餌に困っている時だけでな。普段は狩猟しやすい獲物の縄張り近くに陣取る。高地は中央に近いほど力のある生き物が住むから、上流にはあまり行かんようだぞ」
ダララッツ高地では、中央に近づくほど強大な生物が住まう。その基準と照らし合わせるならば、高地の外周部近くに集落をつくっている角亀藩はそれほど上位の生物ではないということか。
バムンジーはそれを口に出さない程度の分別を持ち合わせていたが、彼女の仲間の中には口の軽い者が一人いた。
「なるほど。つまりカッキハンの皆さんは高地の基準ではそれほど強くないんで――げぅっ!?」
「クラウス!」
迂闊なことを口にしかけた仲間を止める間はなかった。言いかけたその首を、背後から鷲掴みにする真っ黒な手。額から角を生やした辰左が、背後からクラウスの首を締め上げていた。
「貴様。角亀藩の皆様を舐めるか」
「止せ、辰左。根布里谷殿の言うことも間違いではない」
「殿! しかし……」
「事実を変えることは出来んさ。いま中央で暮らせるとすれば、藩を見渡しても鬼角だけよ」
「……は」
辰左が力を緩め、角を体内に戻していく。黒く染まった手も自然と人のものに戻るのを、クラウスが咳き込みながら怯えた目で見上げている。
「うちの考え無しが失礼しました。お話の続きを」
「うむ。出口殿を見つけた者が、慌てて郷までその体を運んだのよ。目を覚まし、怪我が治るまでその家の者が三月ほど世話をしたそうだ」
「はい。祖父の背中には大きな古傷が残っています。やはり高地で負った傷だったんですね」
「済まんな。角亀藩は魔法とやらの技術に疎い。出口殿から治療の魔法の存在を教えてもらってこそいるが、使える者はおらんのだ」
鬼角は勇者タクミと同郷だと言っていた。つまり、彼らは元より魔法などない世界から来たのだ。驚くべきは、ここに飛ばされてからディグジーが辿り着くまでの間、魔法を持たない状態でこの過酷な環境を生き延びたということ。何よりもそちらの方に執念の強さを感じるバムンジーだった。
「命を救われた礼だと、出口殿は高地の知識だけでなく、どわあふ族に伝わる魔法鍛冶の技術をわしらに惜しげもなく伝えてくれた。それにより郷の製鉄技術は大きく向上し、それまではロクな加工も覚束なかった鉱石も鍛えられるようになった」
「そうでしたか」
「当時、郷には魔法を使える者がおらんかったのでな。結局、出口殿は郷に十年残り、魔法と子を授けていってくれた。今でもその血は大瀬戸家として我が藩に根付いておるよ」
「!」
ここで初めて、手記に残っていない情報が出てきた。目をまるくするバムンジーに義堂はひどく済まなさそうな顔をした。
「故郷には家族もあったはず。それを我らへの恩返しということで十年も残ってくれた。角亀藩にとっては大恩人よ。大瀬戸殿、我ら、心より感謝申し上げる」
「あ、いえ。祖父は冒険者時代、あちこちに隠し子を作っていたらしいというのは聞いていたので。まさかダララッツ高地でまで、とは思いましたけど」
「英雄、色を好むの言葉もあるしな。出口殿がなければ、角亀藩はいつ滅んでいても不思議ではなかった。今の我々があるのは、祖父御のお陰だ」
これほどまでに感謝してもらえているとは、バムンジーには予想外だった。祖父の手記にはそういった記述はなかったからだ。高地の人々の厚情に感謝する旨のほかには、彼らの卓越した戦闘技術への賛美、彼らの鍛えたカットゥーナへの憧憬が記されているばかり。
滞在期間中に子供を作ったことへの後ろ暗さだったのか、カッキハンの方々への配慮だったのか。
「その言葉を聞けば、祖父も喜ぶでしょう」
と、今度は義堂が驚いた顔をした。
「出口入道どのはご存命なのか!」
「はい。ドワーフはエルフと同様、亜人種の中でも寿命が永いほうなので。祖父はカットゥーナの技法を伝えたことで、ドワーフ族の重鎮になってしまいました。何度かここに戻ろうと思っていたようなのですが、増え続ける弟子たちに阻まれて叶わずにいます」
「……出口殿は我々の技法で栄達を果たし得たのか。我々の祖先は、多少なりとも御恩を返せたのだな」
義堂の言葉に、周囲の宿老たちもすっと顔を伏せた。どうやら彼らは、出口への恩返しがまだまだ足りていないと思っていたらしい。
「出口殿の孫君ということであれば、我々にとっては賓客だ。気の済むまで郷にご滞在なさると良い。お戻りの際は安全なところまでお送りさせよう」
「あ、ありがとうございます」
「落ち着いた後にでも、鍛冶師の大瀬戸家に一度顔を出していただけまいか。当代の当主も遠い地に親戚があると知れば喜ぶだろう」
「はい。是非」
それは願ってもない話だ。ディグジーはカットゥーナの技法を地上に伝えたが、戻ってからどうにも満足のいくカットゥーナを作ることが出来なくなったと何度かこぼしている。
本場でカットゥーナを鍛える様子を学ぶことが出来れば、祖父への土産としてこれ以上のものはない。
「バム。私も連れていってもらっていいか?」
「……邪魔はすんなよ、ケニー」
カットゥーナに優る魔剣を求めてダララッツ高地に来たケニッヒも、本場のカットゥーナには並々ならぬ興味があるらしい。そもそも、視線が最初からずっと義堂の後ろに向けられているのだ。
飾られているのか、備えとして置いているのか。独特の反り、鍔と刃の長さ。鞘に入っていても分かる。祖父が鍛えたカットゥーナにそっくりだ。技法を引き継いで、ドワーフ族がアレンジしたものとは一線を画する、本物のカットゥーナ。
「なるほど、刀に興味がおありなのだな。他の仕事がなければ、大瀬戸に一振り依頼するとよろしかろう。決して期待を裏切らんものが手に入るはずだ」
そんな義堂の提案に、ケニッヒはこれまで見たこともないほど綺麗に頭を下げるのだった。現金なやつだ。




