↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけ自分のステータスが見える 〜回復だけバグった最弱候補生、時速70kmのプロ競輪で年収二億を目指す〜  作者: 猫の飼い主
第一部 養成所編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/47

第7話 仕掛けの消えた日

 月曜の朝礼で、戸倉教官が言った。


「月末の競走訓練の結果をもって、組の入れ替えを行う。上位は昇組。……以上だ」


 六組がざわついた。つまり今月末のレースは、ただの訓練じゃない。昇級試験だ。


 その夜、俺は熊井とノート会議を開いた。議題、六組最終戦の予想。


「全員、お前対策を仕上げてくるだろうなあ」熊井が白米をかき込みながら言う。五組の男は今回関係ないくせに、俺のレースを自分事のように楽しんでいる。「矢部は後ろ。三好は潰し役。浦部は様子見からの後ろ。他は……お前が動くまで動かない、だろ」


「だな。全員の対策の共通点は一個だ。『片瀬が動いてから、動く』」


「詰んでない? お前が動いたら全員動くんだろ」


「だから——動かない」


 熊井の箸が止まった。


「……は? お前の競輪、動いてなんぼだろ」


「動かない、ように見せる。正確にはな」


 俺はノートに、今週の作戦を書いた。今回は名前を付けない。名前を付けられないタイプの作戦だからだ。


---


 六組最終戦。七人。


 号砲。


 誰も、動かなかった。


 全員が全員を待つ、超のつくスローペース。俺が仕掛けるのを、六人が待っている。俺はと言えば——スローのまま、するり、と先頭に上がった。


 誰も警戒しない。当然だ。スローの先頭は、ただの的だから。風を受ける係を自分から引き受ける馬鹿はいない。前を歩く俺を、六人は「あとで料理する獲物」として、のんびり泳がせてくれた。


 だが、ここにひとつ、観測済みの事実がある。


 風(・)の(・)壁(・)は(・)、(・)速(・)度(・)の(・)二(・)乗(・)で(・)殴(・)っ(・)て(・)く(・)る(・)。


 逆に言えば——遅い先頭は、ほとんど殴られない。時速三十キロそこそこの巡航なら、先頭にいたって脚は削れない。俺はぬるい風の中で、無料で主導権だけを預かった。


 そして、ここからが本番だ。


 俺は残り三周から、ペースを上げ始めた。


 一気には、上げない。一周ごとに、少しずつ。時速三十が、三十五に。三十五が、四十に。呼吸を一段深くするみたいに、なだらかに、切れ目なく。


 どこにも「仕掛けの瞬間」を作らない。


 腰も浮かせない。フォームも変えない。ただ、加速の曲線だけが、静かに右肩上がりを続ける。後ろの六人は、俺のペースに乗ったまま、ゆっくりと沸いていく鍋の中にいる。


 鐘が鳴ったとき、誰かが気づいた。


「——おい、これ、いつから始まってた!?」


 答え: 三周前から。


 もう遅い。速度は五十を超え、風の壁は本気の質量になり、俺の後ろの六人は「いつの間にか早駆けに三周付き合わされていた」ことに、たった今気づいた。降りる場所は、もうどこにもない。


 仕掛けの消えた早駆け。ゼロ距離の沼。


 最終周。矢部が来た。読んでいたのはやはりこの男だけで、俺の真後ろを最後まで守り抜いていた。最終直線、外から、七冊分の執念で——あと前輪半分、届かない。


 ゴール。


 一着、片瀬。二着、矢部。三着、三好——本当に充電を二本にしてきたらしく、直線で二回踏んだ。方法は不明。人体の神秘だ。


---


 翌朝、掲示板に組分けが貼り出された。


 五組昇格: 片瀬湊、矢部——二人。


 三好は六組残留だった。掲示を睨みつけて、それから俺に人差し指を突きつけた。


「覚えとけよ片瀬! 秒で追いつくからな!」


「充電、三本目指せ」


「言われなくても!」


 目指すのかよ。六組の連中が笑った。ひと月ちょっと一緒に走っただけの組なのに、離れるとなると妙に湿っぽい——空気になりかけたところで、浦部がぼそりと言った。


「つーか、片瀬いなくなったら、来週から予想が楽になるな」


「それな」「乱数消えるの助かる」「沼も消える」


 湿っぽさ、五秒で消滅。いい組だった。


 そして、掲示板の前で、上から野太い声が降ってきた。


「片瀬ぇ!! お前、五組!? 俺と同じ組!?」


 熊井だった。掲示と俺を三往復ほど見比べて、巨体が固まっている。


「よろしくな、これから毎週対戦相手だ」


「ちょっと待て、待て待て。俺、K指数の人だぞ!? 観察係が敵になるのおかしいだろ!?」


「安心しろ。お前のページ、もう作ってある」


「作ってあんのかよ!!」


 利益相反というやつだ。だが仕方ない。観察に、聖域はない。


 解散間際、掲示板の隅に、小さな貼り紙を見つけた。


 ——英会話講習(男女合同)、開講のお知らせ。日程は追って掲示する。


 ふうん。英語。プロになったら海外の短期登録選手と走ることもあるらしいから、その準備だろう。俺は素通りしかけて、隣の熊井が貼り紙に顔を近づけているのに気づいた。


「ごうどう……」


「熊井。鼻息」


「合同って書いてある。片瀬、合同って書いてあるぞ」


「読めてるから落ち着け」


 その日の午後、俺は初めて五組の走行練習を、当事者として見た。


 速い。ペースの基礎値が、六組と一段違う。俺のスローの沼は、この速度帯でも掘れるのか——検証項目が、一気に増えた。


 夜、観察ノートに新しい章の見出しを書く。


 「五組」。


 一行あけて、最初の観察対象の名前を書いた。


 熊井(K指数の男)。歩き方が前のめりの日は攻めてくる——本人談。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。