↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけ自分のステータスが見える 〜回復だけバグった最弱候補生、時速70kmのプロ競輪で年収二億を目指す〜  作者: 猫の飼い主
第一部 養成所編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/47

第5話 俺だけ他人のステータスが見えない

 初勝利から一週間。俺は六組の時の人になっていた。


「片瀬、次も鐘の前に行くのか?」


「片瀬って持久どうなってんの? 千メートル何秒?」


「片瀬、白米何杯食うのが正解?」


 最後のは知らん。


 週に一度の競走訓練、二回目。発走機の前に並んだ六組の空気は、先週と明らかに違った。先週、俺は無名の青カバーだった。今週の俺は「鐘より前に行くヤバい奴」だ。


 全員が、俺を見ていた。


 ……まあ、なんとかなるだろ。作戦は同じ、「沼」。俺の持久は今週も伸びてる。先週より深い沼が掘れるはずだ。


 なんとか、ならなかった。


---


 号砲。予定通りの出遅れ。予定通りの六番手。二周目のホームストレッチ、予定通りの、全開——


 六人、全員ついてきた。


「は?」


 声が出た。先週は「早ぇよ!」と笑われた仕掛けに、今週は誰も笑わない。俺が踏んだ瞬間、背後の団子が丸ごと加速して、六両編成のまま俺の後ろに連結された。


 誰も前には出ない。誰も俺を無視しない。全員が、俺の背中だけを見て走っている。


 ハーメルンの笛吹きかよ。


 仕方なく緩める。すると全員緩める。もう一回踏む。全員踏む。俺は六人分の風除けとして、丁寧に丁寧に消耗させられて、鐘が鳴って、最終直線で右から左から抜かれて——五着。


 一着は、矢部だった。俺の真後ろの特等席から、最後に涼しい顔で出てきた男。


 流し走行ですれ違いざま、矢部は俺に短く言った。


「言ったろ。同じ手は二度食わない」


「……ノーコメントで」


 走路の縁では、戸倉教官が腕を組んでいた。何も言わなかった。「言った通りだ」という顔が、何よりうるさかった。


---


 消灯後。ベッドの中で画面を開く。


【片瀬 湊 17歳】

 スピード F 34

 瞬発   F 24

 パワー  D 56 ↑0.3

 持久   B 70 ↑0.9

 回復   B 79 ↑0.4

 技術   F 24 ↑0.7


 ……持久、B。


 70の大台。ずっと王手をかけていた、二個目のランクアップ。十七年間Cだった数値が、ついにBの領域に入った。


 嬉しい。嬉しいが——今日じゃないんだよな、そういうのは。


 俺は生まれて初めて、妙な気分で画面を眺めた。数字は、全部伸びている。先週の俺より、今日の俺は確実に強い。なのに、着順は一着から五着に落ちた。


 数字が伸びてるのに、負けた。


 画面は、何も間違っていない。この画面は俺のことしか映さない。そして今日の敗因は、俺の中には一個もなかった。全部、俺の外にいた。六人の脚と、六人の目と、六人の「片瀬対策」の中に。


 俺の方程式には他人がいない——初レースの宿題が、利子をつけて戻ってきた形だ。


 ……見えないんだよな、他人のステータス。


 神様だか前世だか知らないが、この画面の仕様を決めた奴は、つくづく詰めが甘い。他人も映せよ。そしたら俺は今ごろ——


 いや。


 待てよ。


 俺は暗闇の中で、むくりと起き上がった。


 見えないなら、作ればいいのでは?


---


 考えてみれば、俺には十年の実績がある。自分という人間を、月イチで計測し続けてきた実績が。計測項目の設計も、記録の付け方も、数字から傾向を読む訓練も、全部済んでいる。


 対象を、自分から他人に広げるだけだ。


 俺は懐中電灯を点けて、新しいノートの表紙に書いた。


 観察ノート。


 俺製の、他人ステータス。


 項目を設計する。数値そのものは測れないから、レースに直結する行動を測る。仕掛ける距離。垂れ始める距離。得意なコース取り。スタートの反応。そして癖——プレッシャーがかかったときに出る、本人も知らない挙動。


 計測手段は、目と、ストップウォッチと、あとは日常の全部だ。


 走行練習は望遠の観察タイム。食堂は回復力の推定所(飯の減りが早い奴は消耗が深い)。風呂は疲労の確認場(ふくらはぎを揉む頻度)。データは、そこら中に落ちている。拾う奴がいなかっただけで。


「……片瀬ぇ」


 隣のベッドから、熊井の寝ぼけた声がした。


「懐中電灯まぶしい。何してんの」


「ノート作ってる。他人のステータスを書く」


「他人の? ……お前、また変なこと始めたな」熊井は寝返りを打って、それから、もそりと付け足した。「あ、でも三番の人、今日ずっとイライラしてたぞ。箸の置き方が強かった」


 俺はペンを止めた。


「……熊井。お前、そういうの分かるのか」


「ん? 分かるだろ、普通。柔道は組んだ瞬間に相手の機嫌が分かる競技だし」


 分からないんだよ、普通は。少なくとも俺には、箸の置き方の強さなんて観測項目は一生思いつかなかった。


 俺は観察ノートの最初のページに「協力: 熊井(肌感覚担当)」と書き足した。本人は五秒後に寝た。


 そして、記念すべき一人目の名前を書く。


 矢部。


 仕掛け: 俺の真後ろ固定。垂れ: 未観測(先週も今週も脚を余らせている)。癖: レース前、必ずタイヤを二回撫でる。


 書きながら、少し笑えてきた。


 俺だけ、他人のステータスが見えない。


 上等だ。だったら——俺が、書けばいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。