第39話 雨の日の家賃
三場所目の斡旋は、取手競輪場だった。
常磐線で松戸から三十分ちょっと。家から一番近い遠征だ。母は「お弁当いる?」と聞いてきた。プロの遠征の緊張感は、うちの台所には常備されていないらしい。断って、少し考えて、握り飯を二個だけ頼んだ。験担ぎではない。移動中の補給の、単価の問題だ。中身は梅とおかかだった。勝負飯にする気は母に一切なく、俺にもない。うちは験を担がない。数字を担ぐ。
前検日、取手は雨だった。
検車場で自転車を組んでいると、視線を感じた。ルーキーシリーズの警戒とも、伊東の「新人見物」とも違う。もっと具体的な、仕事の目だ。
「あんたが、例の連勝中の新人か」
声の主は、四十過ぎのベテランだった。出走表で名前は知っている。梶。地元・茨城のA級3班、プロ十八年目。
「片瀬です。連勝は六です。九まで、あと三つ」
「知ってる。だから、言いに来た」梶さんは雨音のする方をちらりと見て、事務連絡みたいに続けた。「明日から三日、あんたを潰しに行く。映像も全部見た。悪く思うなよ。——ここから先は、うちの家賃なんだ」
家賃。
チャレンジ戦の下のほうには、代謝という制度の水面がある。競走得点が、下から数えて規定の位置まで沈むと、登録消除。プロで、なくなる。梶さんの得点は——出走表の数字を思い出す——水面から、そう遠くない。
俺の一着は、誰かの点数を削って作られる。
相対値の競技だと、最初の夜から知っていたはずだった。ただ、その「誰か」に名前と顔がついたのは、初めてだった。
「胸は貸さん。全部、自分で取りに来い」
言うだけ言って、梶さんは自分の検車台へ戻っていった。……いい業界に来た。潰しに行くと、わざわざ通告してから潰しに来る。
検車場のモニターに、初日の前売りが出た。俺の頭は、今度は一番人気だった。世間の見積もりが、三場所でとうとう俺に追いついた。なお、二着以下のオッズは相変わらず散らかっていた。頭は堅い、相手が問題——去年の夏に松戸で聞いた、予想屋の口癖みたいな盤面が、今日も並んでいる。
雨の指定練習で、俺は梶さんの走りを初めて間近に見た。
驚いたのは、速さじゃない。線だ。濡れたバンクの上で、梶さんの車輪は、周回ごとに寸分同じ場所を通る。雨の日にどこを通れば滑らないか、身体が十八年ぶんの答えを持っている。正確で、無駄がなくて、そして——俺のステータス画面の言葉で言うなら、たぶんもう、どの数値も上がらない人の走りだった。
消灯前、宿舎の寝床で、俺は出走表の梶さんの欄を改めて読んだ。
プロ十八年。デビューは二十四だから、高卒でまっすぐ養成所に来た組より、五年遅い出発だ。若い頃に一度だけ、A級2班にいた時期がある。二年で落ちて、以後はずっとチャレンジ。数年前に成績の凹んだ年があるのは、たぶん怪我だ。そこから少しずつ持ち直して、今の得点は、代謝の水面の少し上。出走表の小さな数字の並びから、人の人生が一本、読めてしまう。
俺の手帳が俺の十年を記録してきたように、この世界の帳簿は、全員の十八年を記録している。
明日はこの十八年を、潰しに行く十八歳の側だ。ノートを閉じて、俺は静かに息を吐いた。同情はしない。それは多分、この人への一番の失礼だ。全部出して、全部もらう。それがこの業界の、正しい挨拶だ。
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初日。雨は、止まなかった。
出走前の検車場で、ベテラン同士の会話が耳に入った。「今日はアメカンつくな」「ありがたいこって」——アメカン?
「雨敢闘手当」教えてくれたのは梶さんだった。「雨の日に走ると、手当に色がつく。滑るし、落車も増える。その分の、な」
「……雨の日は、走るだけで追加収入」
「そうなるな」
「雨、好きになりました。今」
「あんた、聞いてた以上に変な奴だな」
好きになったのは本心だ。ただし雨のバンクのほうは、俺の好意に応えてくれる相手ではなかった。
路面は黒く濡れて、先行する車輪は水の尾を引く。番手につけば、水しぶきが顔を打つ。ブレーキのない乗り物が、滑る床の上で時速六十を超える。養成所の雨天走行で理屈は覚えたが、プロの雨は、その理屈の上に「本気の速度」が乗っていた。
七戦目。梶さんのラインは、宣言どおりに来た。
号砲から三車で前を固める。俺の発射台——誘導の真後ろ——を先に取り、ペースを握り、俺を中団の内に閉じ込める。早駆けの男から、早駆けの開始地点を奪う。教科書に載せたいくらい正しい対策だった。
外を回る手はある。だが雨の外は、距離も風も水も、全部が高くつく。だから俺は我慢を選んだ。中団の内。前の選手の後輪から半車輪——ゼロ距離。水しぶきの当たらない懐に潜り込んで、番手の呼吸と梶さんの脚の減り方だけを数えて、二周半。
最終コーナー、前の壁が、わずかに外へ膨れた。雨の日、ベテランは濡れた内圏線を嫌う。半車輪ぶんの、内の隙間。
そこへ、残り全部を入れた。
四分の一車身。プロ入り後、一番小さい勝ち幅だった。ゴールの後、雨音の向こうで、場内実況が「七連勝」と言うのが聞こえた。数える声が、初めて他人の口から聞こえた。
ドリンクを配りに回ると、梶さんは一口飲んでから言った。
「今日ので、あんたの我慢は見た。明日は、もっと締める」
「明日も、いただきに来ます」
「若いの」ベテランは、雨で重くなったタオルで首を拭きながら、少しだけ笑った。「その口の利き方、どこで習った」
「寺です」
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二日目の朝、検車場の空気は、初日よりはっきりしていた。
誰も俺に意地悪はしない。挨拶は返ってくるし、ドリンクの礼も言われる。ただ、今日の検車場の願いが、どっち側にあるかは、肌で分かった。九連勝を止める側。梶さんの側。当たり前だ。ここにいる全員の家賃が、広い意味では梶さんと同じ側にある。俺は一人で、全員の水面を波立たせに来た新人だ。
アウェー。初めての感触だった。養成所では、最後には全員が知り合いだった。プロの検車場では、俺はまだ、よその若いのだ。
……悪くない。全員の願いの反対側で勝つのも、単騎の仕事のうちだ。
そして二日目。壁は、本物になった。
梶さんのラインは、初日の俺の「我慢」まで織り込んできた。発射台は渡さない。外には張り付く。内に潜れば、今度は前と斜め前で二重の蓋。俺は駕籠の鳥のまま、鐘を聞いた。研究に研究を返し、返した研究をまた上から返される。プロの応酬だ。
鐘から一周、出口はどこにもなかった。前の背中は動かない。外の壁は降りてこない。雨は視界を削り、残り距離は残酷に減っていく。八個目は、キャリアで初めて、「負け」の二文字が現実の距離に見えたレースになった。
——面白い、と思ってしまったのは、性分だから仕方ない。
完璧な包囲は、完璧な教材だ。俺を勝たせない形を、プロが本気で組むとこうなる。この形は、これから上のクラスで、何十回も見ることになるはずの形だ。初見が今日で、よかった。よかったが、教材に授業料を払うのは今日の負けでいい、とは思わない。持ち帰るのは形だけだ。白星は、置いていかない。
突破口は、ノートだった。
前夜に書いた一行。『梶氏・雨天時・最終2C、内圏線から半車輪外を通る(徹底・おそらく長年の癖)』。初日に実物で確認済み。ベテランの正確さは、裏返せば再現性だ。十八年、雨の日にそこを通って無事だったから、十八年目の今日もそこを通る。
最終コーナー。開くと分かっている半車輪の隙間へ、ロスを承知で車体を差し込む。内圏線すれすれ。タイヤの下は水の膜。出口で梶さんと完全に並んで、二人ぶんの水煙のままゴール線——
写真判定。
検車場のモニターの前に、いつの間にか、そのレースの七人が全員集まっていた。誰も口をきかない。雨の音と、換気扇の音と、モニターの明かりだけの数十秒。隣の梶さんの横顔は、掲示より先に、自分の内側の答え合わせをしている顔だった。十八年やると、写真より先に自分のタイヤが分かるのかもしれない。
確定ランプ。
一着、七番。
タイヤ差だった。
……八勝目。機材の六十八万は、昨日の七つ目で回収が済んでいる。今ので俺は、開業前の宣言どおり、黒字の男になった。なったのだが、頭の中は損益より先に、たった今の数十秒で埋まっていた。十八年と、写真一枚。プロの底は、浅くない。
夜、ドリンクを配りに行くと、梶さんは受け取ったまま、長いこと黙っていた。
「……写真まで、持っていかれたか」
「明日も、来てください」
「言われんでも行く」ベテランは、ふ、と息だけで笑った。「最後の一個なんだろ。潰しに行くさ。——うちの、家賃だからな」
消灯前、遠くで雷が鳴っていた。携帯は管理課の金庫の中。娑婆の音のしない宿舎で、俺はノートに明日ぶんの仮説を三行書いて、早めに目を閉じた。
『三日目、全員の脚が目減りする。俺だけ新品(確認済)』
『梶ライン、最終日は発射台潰しを最優先(仮説)』
『雨は収入(確定)』
九つ目の朝は、水の底みたいな豪雨で明けた。




