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俺だけ自分のステータスが見える 〜回復だけバグった最弱候補生、時速70kmのプロ競輪で年収二億を目指す〜  作者: 猫の飼い主
第一部 養成所編

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第33話 全部見せて勝つ

 三月。卒業記念レースの週が来た。


 卒記は、養成所の内輪の行事じゃない。レースはネットで配信され、プロの関係者が観に来て、気の早い競輪ファンが「来期の新人」を品定めする。優勝者には「卒記チャンピオン」の称号がつき、その名はデビュー前から業界に流れる。


 つまり、これは俺の開(・)業(・)前(・)の(・)展(・)示(・)会(・)だ。


 そして俺は、この展示会で、全所生からたった一つの役を割り当てられていた。


 ——標(・)的(・)。


 御影が山を下りた今、トーナメント二位の俺が、優勝候補の筆頭だ。十か月で、俺の手の内は出尽くしている。早駆け、沼、ゼロ距離、ロング捲り、差し。全員が俺のレースを研究し、全員が「打倒片瀬」の答案を仕上げて、この週に持ってくる。


 前夜、俺は一つだけ、真剣に考えた。


 手の内を、隠すか?


 予選と準決は小技で流して、決勝まで本命の型を伏せる。戦術としては、あり得る。数字の上では、たぶん正しい。


 ……やめた。


 理由は単純だ。この展示会は、俺の名刺になる。隠して獲った優勝と、全部見せて獲った優勝——プロの世界に持っていく名刺として、どっちが高く売れるかは、考えるまでもない。


 全部見せて、全部読まれて、それでも勝つ。


 それが、二億の男の開業広告だ。


---


 予選は、看板通りに走った。


 ゼロ距離の沼で、正面から押し切って一着。何も隠さない代わりに、何も譲らない。配信のカメラに向かって、俺の型を丁寧に一周、展示しておいた。さあ、研究しろ。明日はその研究ごと、飲みに行く。


 同期たちも、勝ち上がってきた。


 熊井、混戦を制して一着。矢部、番手から正確に一着。檜山、模範解答で一着。真壁、力で一着。


 そして、この予選最大の歓声は、第三レースで上がった。


「日野が!! 日野が獲った!!」


 トーナメント一回戦で散った瞬発の申し子が、ダッシュ一閃、逃げ切りで予選を突破した。十二月から毎朝五時、俺たちと霧の中を回り続けた男の、雪辱の一勝。ゴール後、日野はガッツポーズを三種類やった。多い。だが、いい。今日は多くていい日だ。


 女子の速報も届いた。風見澪、予選一着。順当、かつ圧巻、とのことだった。だろうな。


---


 準決勝。俺の組に、真壁がいた。


 三度目の直接対決。五組の壁、四組の同僚、そして今日は、決勝の椅子を取り合う敵。発走前、隣に並んだ真壁が、前を向いたまま言った。


「片瀬。言っておくことがある」


「ん」


「——肘(・)、(・)直(・)し(・)た(・)」


 ……ほう。


 十二月の宣言を、この男は本当に実行してきたのか。垂れる三百メートル前に開く右肘。俺の照準器を、三か月かけて、封じてきた。


「そうか」俺も前を向いたまま答えた。「なら、こっちも言っておく。——書(・)き(・)直(・)し(・)た(・)」


「……は?」


「肘を直すってことは、肘を意識するってことだ。意識した身体は、別の場所に力みが出る。お前の場合——左(・)の(・)肩(・)が(・)、(・)上(・)が(・)る(・)。二月の競走訓練で三回、観測済みだ」


 真壁が、初めて発走前に舌打ちした。


「……お前、ほんっとうに、面倒くせえ!!」


 最大級の賛辞、通算三回目。ありがたく頂戴して、レースが始まった。


 真壁は強かった。肘を封じ、序盤から力の主導権を握り、俺のゼロ距離を許さない構えで来た。だから俺は、後ろに回った。ロング捲り。発射の照準は、開かない肘の代わりに、上がる左肩。残り一周と少し、真壁の左肩がわずかに浮いた瞬間——発射。


 最終直線、並んで——前輪ひとつ。


 一着、片瀬。二着、真壁。二人とも、決勝へ。


 流し走行で、真壁は悔しさを丸出しにして、それでも言った。


「……決勝で、もう一回だ。今度は肩も直してくる」


「一晩でか」


「一晩でだ」


「直したら、また書き直す」


「一生やってろ!!」


 やるとも。一生やる仕事に、もう決めてるんだ。


 そして検車場の隅で、矢部が無言で手帳を開き、俺に表紙側を見せた。八冊目の、一ページ目。でかでかと「片瀬湊」とだけ書いてあった。


 一ページ目の意味は、あの朝、聞いている。精算するまで書き続ける相手の席だ。


「——受けて立つ。プロの帳簿でな」


 矢部の口の端が、最大出力で二ミリ動いた。


---


 準決のもう一方は、檜山が制した。二着に矢部、三着に熊井が滑り込んで、決勝の七車が確定した。


 片瀬。真壁。檜山。矢部。熊井。ほか二名。


 十か月、削り合ってきた顔ぶれが、最後のレースにほぼ全員乗った。日野は準決四着で決勝に届かず、「明日は応援団長やる!!」と即座に転職していた。切り替えの速さだけなら、あいつが期の頂点だ。


 夜、消灯前。俺は画面を開いた。


【片瀬 湊 18歳】

 スピード F 38

 瞬発   F 26

 パワー  C 62

 持久   S 99.4

 回復   S 96

 技術   D 55


 回復は、いつの間にかSの領域にいた。九十超え。俺の身体は今夜も、明日の決勝のために、フル稼働で俺を組み直している。


 そして——持久、九十九・四。


 百まで、あと〇・六。


 俺はしばらく、その数字を眺めた。


 十七年間、俺は自分の数値の伸びを見て生きてきた。でも「上限」については、実は何も知らない。この画面の目盛りが百までなのは、見れば分かる。だが、持久と回復の伸びは、十七年間、一度も鈍ったことがない。


 百に届いたら、どうなる?


 止まるのか。それとも——


 誰にも聞けない問いだ。世界でこの画面を見ているのは、俺一人だから。


 ……ま、考えても答えは出ない。答えの出ない問いは、実験で殴るに限る。


 明日、届くところまで、踏む。それだけだ。

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