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俺だけ自分のステータスが見える 〜回復だけバグった最弱候補生、時速70kmのプロ競輪で年収二億を目指す〜  作者: 猫の飼い主
第一部 養成所編

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第24話 五十キロの遠足

 大会当日は、雲ひとつない十月の空だった。サーキットの空気は冷たくて、乾いていて、うまい。絶好の、五十キロ日和だ。


 プログラムは午前が女子、午後が男子。つまり午前中、俺たちは観客だった。


 女子のレースは三十キロ、六周。スタートから、俺は一人の走りに釘付けになった。


 風見澪。


 窓越しに観測される側だった俺が、初めて、観測する側に回った。


 そして観測して、すぐに分かった。今日の彼女は——包(・)囲(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。


 女子の集団の動きは、露骨だった。技能組の二人が澪の前後を挟み、残りが外に蓋をする。誰も自分からは仕掛けない。全員が、金カバーの動き出しだけを待っている。……見覚えのある景色だ。六組で、五組で、俺が毎週漬かっていた鍋と同じ形。女子の頂点は、女子の中で、俺と同じ役を割り当てられていた。


 夏の彼女の言葉を、思い出す。がらがらの客席の前で、誰も手を抜いてなかった——今日の客席は、候補生と教官だけだ。それでも彼女のペダルは、一周目から満員のスタンドの前で回っているみたいに、まっすぐだった。


 三周目。澪が、動いた。


 登りで行くと見せて——行(・)か(・)な(・)い(・)。腰を浮かせる予備動作だけを見せて、包囲の二人が反応して脚を使った半拍あと、素知らぬ顔で巡航に戻る。空振りの警報。二回。三回。包囲網の集中の糸が、目に見えて磨り減っていく。


 ……おい。あれ、俺のやつだ。


 偽の仕掛けで警報を空撃ちさせる。四組の初戦で俺が使った型を、彼女は土曜の教室から持ち帰り、自分の脚に合わせて仕立て直していた。しかも、俺のより洗練されている。悔しいことに。


 最終周、登りの頂上三十メートル手前——全員の呼吸が一番深くなる、あの一点で。


 四回目の、予備動作。包囲は、もう反応しなかった。三回の空振りが「どうせ偽物だ」と学習させていた——そ(・)の(・)学(・)習(・)ご(・)と(・)、(・)彼(・)女(・)は(・)本(・)物(・)で(・)刺(・)し(・)た(・)。


 誰も、付いていけなかった。独走。ゴールライン上で、彼女は拳も突き上げず、ただ前を向いていた。客席の数なんて、最初から関係なかった顔で。


 ゴール後、観戦エリアの前を流してきた澪と、目が合った。


「……感じたわよ、そっちの視線。観察でしょ」


「同盟業務だ。……講義の応用、見事だった。空振りを三回重ねて、相手に学習させてから、本物で刺す。俺の型より上等だ」


「でしょ」澪は悪びれもせず言って、それから、少しだけ声を落とした。「言ったでしょ、私が一人目になるって。一人目はね、包囲されても勝ち続けなきゃいけないの。二人目が出てくるまで、ずっと。——今日のは、その練習」


 勝ち続ける前提で包囲を語る人間は、たぶんこの山に、彼女しかいない。


「午後、見てるから。窓からじゃなくて、特等席で」


 プレッシャーのかけ方まで正確な女だ。よし、見せるものを用意しよう。


---


 午後。男子、六十九人、五十キロ。


 号砲。


 一周目は、六十九台の団子だった。バンクの七車とは訳が違う。前後左右みっちり詰まった集団は、それ自体がひとつの生き物みたいに蛇行する。俺は序盤の仕事をひとつだけ決めていた——転(・)ば(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)。落車だけは、数字で防げない。集団の前から三分の一、外すぎず内すぎずの安全地帯に、静かに座席を確保する。


 そして集団の中は——想像以上に、無(・)風(・)だった。


 六十九人が風を割ってくれる。俺の負担は、単独走の三割もない。しかも五キロごとに下りが来る。削られない上に、毎周充電される。おいおい。このレース、俺にとっては遠足なんじゃないか。


 遠足じゃない者たちの選別は、二周目の壁坂から始まった。


「うおおお脚があああ!!」


 日野だった。瞬発の申し子は二周目の登りで集団から千切れ、すれ違いざまに叫んだ。


「片瀬ェ!! 俺の分まで頼んだ——うおお下りで追いつくゥ!!」


「諦めるのか粘るのかどっちかにしろ!!」


 熊井は往復芸を確立していた。登りで集団からずり落ち、下りで百キロの重力を解放して轟音とともに帰還する。「ただいま!」「おかえり」を毎周やっている。帰ってくるたび少し削れているのが、数字を取らなくても分かった。


 四周目、五周目。集団は坂のたびに数を減らし、気づけば二十人を切っていた。瀬川が静かに残っている。矢部が手帳どおりのペースで残っている。真壁が力で残っている。御影が、楽しそうに残っている。


 六周目の壁坂で、真壁が動いた。


 力の絞り込み。先頭でペースを一段上げて、集団の脚を順番にへし折りにいく。五組で見た、あの真っ向の圧力だ。ここで十人が消えた。


 七周目、御影が遊んだ。下りで一人、するりと先行して、次の登りの入り口で振り返って——集団が慌てて追うと、にやにやしながら戻ってくる。脚試しだ。天才は五十キロの中でも退屈しない。


 俺は、どちらにも反応しなかった。俺のレースは、俺の数字が決める。画面の残量計は、七周を終えてまだ「ほぼ満タン」を表示している。集団の無風と、毎周の下りチャージ。計算どおり——いや、計算より、いい。


 残り三周。先頭グループは、八人になっていた。


 俺、御影、真壁、瀬川、矢部。技能組の持久型が三人。


 バックストレートの下りで、俺は最後の残量確認をした。登りの消耗、下り四十秒での回復量、残り十五キロの収支。全部、黒字。それも大幅な。


 よし。


 遠足は、ここまでだ。ここからは、フルスイングの時間にしよう。

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