第23話 ブレーキ、ある!!
掲示された大会要項は、簡潔だった。
耐久訓練・ロードレース大会。隣接サーキットの五キロ周回コースを、十周。計五十キロ。使用機材、ロードバイク(貸与)。
五十キロ。バンクの二千メートルの、二十五倍。掲示板の前で、候補生たちのどよめきが二種類に割れた。ダッシュ型の「うげえ」と、持久型の「ほう」。俺のは、たぶん三種類目だった。「ごちそうだ」。
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大会三日前、貸与機材の受け渡しがあった。
生まれて初めて、本物のロードバイクに触った。細いタイヤ。前傾のハンドル。そして——
「…………ブレーキが、ある」
握った。効いた。俺は感動で数秒固まった。
思い出してほしい。俺たちは半年間、ブレーキという概念のない乗り物で生きてきた。減速は太もも。停止も太もも。それが今、右手の指二本で、車輪が止まる。
「片瀬!! 見ろ!! 脚を止めても進むぞ!!」
隣で熊井が、ペダルを止めたまま滑走して叫んでいた。フリーホイール。漕がなくても進む機構。ピスト民には魔法にしか見えない。
「文明だ……」
「文明だな……」
俺たちは貸与品のロードバイクを囲んで、しばし文明を拝んだ。半年前まで全員が乗っていた種類の自転車なのに、山の生活は人の基準を変える。変速機に至っては、日野が「ギアが変えられる!? ずるくない!?」と本気で憤慨していた。ずるくない。それが普通だ。俺たちの日常のほうが異常なんだ。
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試走日。俺たちは初めて、隣のサーキットコースに入った。
結論から言う。あのコースは、山だった。
五キロの周回路は、平らな区間を探すほうが難しい。登って、曲がって、下って、また登る。名物らしい急坂は、壁と呼びたい斜度で、試走一周目から犠牲者が出た。
「無理!! 登り無理!! 脚が!! 終わる!!」
日野だった。瞬発の申し子は、三十秒で終わらない登りに、人権を全否定されていた。ジャンプ力は坂を登らない。
熊井も苦しんでいた。百キロの体重は、登りでは全部が借金になる。そのかわり下りでは全部が貯金になって、重力任せに集団をぶち抜いていく。「登りで死んで下りで生き返る!」と本人は楽しそうだが、収支は明らかに赤字だ。
瀬川は安定。大峰は力で踏み潰す。真壁も力で踏み潰す——あいつはどこでも強い。矢部は手帳を握りしめて、周回ごとのペース配分を書き込んでいた。ロードでもお前はお前だな。御影は、言うまでもない。楽しそうに、速い。
で、俺はといえば——試走の間、ずっとストップウォッチと自分の身体を見比べていた。
そして三周目で、確信した。
このコース、毎周、俺だけ充電される。
からくりはこうだ。登りは、全員が削られる。俺も削られる。ここは平等だ。だが登りの次には、必ず下りが来る。下りは脚を止めて滑走できる——つまり、回復タイムだ。
普通の選手にとって、下りの回復は「マイナスが少し戻る」程度だ。だが俺の回復はB84。下り四十秒で、俺の脚は登り一本ぶんの疲労を、ほぼ帳消しにする。画面で実測した。登りで削れた分が、下りきる頃には、消えている。
登りと下りの反復は、要するにインターバルだ。負荷と休息の繰り返し。そして休息のたびに満タンに戻る男が一人だけいたら、その勝負はどうなるか。
答え。周回を重ねるごとに、そいつだけが、無傷に近づいていく。
みんなが十周ぶん疲れるレースを、俺だけ、実質三周ぶんくらいの疲労で走れる計算になる。
……おいおい。このコース、俺のために設計されたのか?
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試走から戻った夜、俺は観察ノートに新しい章「ロード適性」を書き上げて、それから、作戦のページを開いた。
いつもなら、ここに作戦名を書く。沼。ゼロ距離。ロング捲り。相手の裏をかくための、細工の名前を。
今回は、ペンが止まった。
……要らないな、細工。
考えてもみろ。五十キロの我慢比べだ。フェイントも乱数も、五十キロの前では誤差だ。残るのは、削られて、回復して、また削られて、それでも踏み続けられるかという、ただそれだけの勝負。
絶対値で殺される、と五組で書いた夜があった。だがこの種目に限っては、話が逆だ。持久と回復の絶対値なら——俺は、この山の誰にも譲る気がない。
ノートの作戦欄に、俺は一行だけ書いた。
作戦名: なし。必要ない。正面から、距離で勝つ。
書いてみて、ちょっと笑った。細工の男が細工を置いていく日が来るとは。でも、これが正しい。得意分野のど真ん中に球が来たら、素直にフルスイングするのが礼儀だ。
入所前の夜、俺はロードを「勝つのは永遠に他人」と却下した。あの判断は今も正しい。プロのロードで俺に回る役は、やっぱりアシストだろう。
でも、明日のは、プロのロードじゃない。同期六十九人の、ただの五十キロだ。
だったら——一日だけの出戻りの手土産は、圧勝がいい。
明日の白米は、五杯で行く。燃料は満タンにしておくものだ。




