第22話 先行屋の色じゃん
発表の朝、講堂の掲示板の前は、七十一人ぶんの緊張で満員だった。
考査結果。名簿の端から、日野が声に出して読み上げていく。
「片瀬——通過! 熊井——通過! 大峰、瀬川——通過通過! 俺——……通過ぁ!!」
五人目を読み上げた瞬間、適性組はその場で団子になった。全員通過。観音様、第一項、五分の五で完遂です。抱きついてきた熊井が重い。重いが、今日は許す。今日の重さは、祝いの重さだ。
ただ、掲示の下の方には、短い一行があった。技能組から二名、規定未達。それが何を意味するかは、要項に書いてあった通りだ。騒いでいた講堂が、その一行の前だけ、少し静かになった。俺たちが通った線は、本物の線だった。だからこそ、通った価値がある。
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午後、新しい色の授与があった。
折り返しの成績で、頭に載せる色が更新される。呼ばれた順に、教官の前でカバーを受け取っていく。
御影——金。当然のように、二期連続。
白は、数人だけだった。呼ばれた中に「檜山」の名があって、二組の列の男が、涼しい顔で受け取った。昇組の日に成績表で引っかかった、あの間違いのない数字の男だ。今回の記録会でも、全種目、正しく上位にいた。ノートの名前の横に、丸を一つ足しておく。
熊井——黒。日野——黒。大峰——黒。瀬川——赤。
そして。
「片瀬。——赤」
受け取った瞬間、周囲の空気が、微妙に湿った。
無理もない。色の定義は全員が知っている。黒は「スピード○、持久力×」。赤は「スピード×、持久力○」。つまり赤は、公式に「お前は速くない」と宣告される色だ。千メートルと三千で場をざわつかせた男が、ダッシュ二種目の薄さで、スピードに×をもらった。
「片瀬ぇ……その、なんだ、ダッシュは伸びしろってことでさ……」
熊井が慰めの言葉を探し始めたので、俺は赤いカバーを掲げて、定義をもう一度、声に出して読んだ。
「スピード×、持久力○。……おい、聞いたか。制度が公認で『お前は長く引ける』って言ってるんだぞ、これ」
「……ん?」
「速くないのは十七年前から知ってる。新情報じゃない。新情報はこっちだ——持久力に、丸。国家資格を出す機関のお墨付きで、丸。これはもう、先行屋の色じゃん。最高だろ」
熊井がぽかんとして、それから、噴き出した。
「お前ほんっと、そういうやつだな!!」
「あと聞いて驚け。色が上がると、月の報奨金も上がる」
「実利!!」
実利だ。青の頃は半額カットだった俺のお小遣いが、今月から満額に近づく。誇りと実利が同じ色をしている。赤、いい色だ。
部屋に戻って、俺は入所からずっと被ってきた青いカバーを、丁寧に畳んだ。
最弱の色。ドベの証。渡された日、俺は「いい色じゃん、空の色だし」と言った。あれは八割が強がりだったが、二割は本気だった。この青の下で、俺の持久はBになり、技術はGからFになり、六組は五組になり、五組は四組になった。
「……世話になったな、空の色」
乗り物に続いて、布にも挨拶する男になった。山の生活は人を変える。いいことだと思う。
夕方のバンクで、赤カバーを被った俺を見て、御影が笑った。
「お、赤。似合うじゃん」
「だろ? 定義から気に入ってる」
「知ってる。廊下まで聞こえてた」
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土曜、英会話。定位置の取引先に、俺は開口一番、頭の色を指差した。
「風見。色、変わった。赤だ」
「見れば分かるわよ。……で、その顔は、赤の定義も込みで気に入ってる顔ね」
「正解。そっちは」
「金」
「…………格差だ」
「実力よ」風見は澄まして言って、それから、頬杖のまま続けた。「でも、赤、あんたらしい色じゃない。私、窓からずっと見てるから分かるけど——あんたの武器、最初から速さじゃないもの。長さでしょ」
窓の向こうの観測者は、制度より先に、俺の定義を知っていた。
「それにね」風見は指を一本立てた。「調べたことあるのよ。赤カバー出身で、プロで大成した先行屋、結構いるの。速い奴は若いうちに勝つ。長い奴は、長く勝つ」
「……いいデータだ。ノートに書いていいか」
「百円」
「取るのか!?」
「冗談よ。同盟価格、無料」
長く勝つ。いい言葉をもらった。俺の商売の看板に、いつか掲げたい四文字だ。
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そして週明けの朝礼で、戸倉教官が次の行事を告知した。
「十月、恒例の耐久訓練を行う。——ロードレース大会だ。場所は隣接のサーキットコース。詳細は追って掲示する」
ロードレース。
その六文字を聞いた瞬間、俺は自分の口の端が上がるのを止められなかった。
ロード。入所前の夜、俺が一晩で却下した競技。あの晩、閉じたはずの扉が、まさかこの山の隣で開くとは。
言っておくが、あの却下は、ロードを下に見たからじゃない。プロのロードは本物の世界だ。ただ、俺の欲しいものの置き場所が、あっちの棚になかった。それだけの話だ。
だから来月のこれは、リベンジでも証明でもない。
値札を見ないで競技を選べる日が、人生に一日だけ来た——そういう、ちょっと贅沢な話だ。
一日だけの出戻り。せっかくなら、全力で楽しんで、全力で勝ちにいく。




