第15話 実家の炊飯器が小さい
八月。全員で寮の大掃除をして、終業式をやって、俺たちは二週間の夏季帰省に放たれた。
三島駅行きの送迎バスの中は、遠足の小学生と同じ騒がしさだった。制服着用が義務なので、駅に降り立った瞬間、俺たちは「何かの部隊」みたいに目立つ。日野が「見ろ、娑婆だ……」と呟き、大峰が「うす」と噛みしめた。うすの汎用性が高すぎる。
新幹線のホームで、俺は四か月ぶりにスマホの電源を入れた。
起動画面。通知の雪崩。
大和からのメッセージ、未読四十七件。
「生きてるか」「生きてるか」「おい」「山で熊に食われたか」「プロゲーマーの俺より練習してるってマジ?」「生きてるか」
最後の一件は昨日だった。四十七件、内容の九割が生存確認。俺は「生きてる」とだけ返した。三秒で既読がつき、「文明に帰ってきたか!!」と返ってきた。あいつ、夏休みの全部をゲームに使ってるな。
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松戸の家に着いたのは、夕方だった。
玄関を開けると、母が出てきて、俺を見て、三秒固まった。
「……大きくなった?」
「縦は変わってない」
「横っていうか、なんか、全体が」
全体。まあ、そうだろう。持久B、パワーD、白米四杯の四か月だ。ジャージの上からでも、四月の俺とは造りが違う。
夕飯は、俺の好物ばかりだった。母は嬉しそうに「いっぱい食べなさい」と言い、俺は言葉どおりに食べた。
炊飯器が、空になった。
母が、しゃもじを持ったまま固まった。
「……五合、炊いたんだけど」
「養成所だと、これが普通で」
「……もう一回、炊くわね」
実家の炊飯器は、今の俺には小さかった。母は呆れ半分、嬉しさ半分の顔で米を研ぎ、俺は台所の匂いの中で、ここが四か月ぶりの家だということを、ようやく実感した。
その夜、母は仕事の疲れも見せずに、養成所の話を聞きたがった。俺は話した。青いカバーの話。ドベから始まった話。友達の話。話しながら気づいたが、俺は五か月ぶんの話題を持っていた。高校三年間の俺は、家で話すことなんて、ほとんど持っていなかったのに。
「湊」
寝る前に、母が一つだけ聞いた。
「楽しい? そこ」
俺は少し考えて、正直に答えた。
「毎日、数字が伸びる」
「……あんたのそれ、楽しいって意味なのよね。昔から」
伝わっているなら、それでいい。
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翌朝、四時五十分に目が覚めた。
身体が、修理完了の起動音を立てる。山にいても娑婆にいても、俺の回復は定時に仕事を終えるらしい。二度寝を試みたが、無理だった。仕方ないので、物置からママチャリを引っ張り出した。
高校三年間の相棒。片道十二キロの通学路。俺の持久を育てた、月謝ゼロの練習コースだ。
当時の自己ベストは、三十分ちょうど。
走った。
……二十一分だった。
信号運も込みとはいえ、九分短縮。ペダルの軽さが、別の乗り物みたいだった。上り坂が坂として認識できない。ママチャリのほうが俺に驚いている気配がする。ギシギシいう音が、悲鳴に聞こえた。
帰り道、昔のバイト先のコンビニに寄った。
自動ドアが開いて、レジの奥から、聞き覚えのある声がした。
「——おっ!? おお!! 兄ちゃん!!」
おっちゃんだった。客なのに、レジから出てきた。
「受かったんか! 養成所!」
「受かりました。今、帰省で」
「マジか! やったな! ……ん? なんかお前、でかくなってないか」
「よく言われます」
おっちゃんは俺を上から下まで眺めて、それから、商売っ気ゼロの顔で聞いた。
「で、強いんか」
「七十一人中、四組です」
「知らんがな! 何組まであんねん!」
「六組まで。下から三番目……じゃなくて、上から四番目に上がりました」
「おお、ええやんか! 出世しとるやん!」
おっちゃんは自分のことみたいに笑って、それから、ふと真顔になった。
「兄ちゃん。松戸、行ったことあるか」
「松戸? 住んでますけど」
「ちゃう。松戸競輪や。バンクのほう」
俺は首を振った。皮肉な話だが、ない。家から自転車で行ける距離に本物のバンクがあるのに、俺は競輪を、テレビとネットと伊豆の山でしか知らない。客席から生のレースを見たことが、一度もない。
「日曜、開催あるで。ワシ、行くけど」
おっちゃんは、にっと笑った。
「来るか? プロの風、見しちゃるわ」
プロの風。
その言い方が、ずるかった。風のことなら、俺は今、日本で一番聞きたい年頃だ。
「行きます」
「よっしゃ。朝十時、正門前な。……あ、言うとくけど兄ちゃん、車券は買うなよ。未成年や」
「買いません。俺は売る側になるんで」
「——っはは! ええこと言うわ!」
日曜。松戸競輪場。
初めて、客席から競輪を見る。




