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第九話「今度は、武士から」 ――廃刀令・明治九年・逆転する武装解除――

明治九年(1876年)、明治政府によって発布された「廃刀令」。

秀吉の刀狩令が「農民から武器を取り上げる」政策だったのに対し、廃刀令は「武士自身から魂(刀)を取

り上げる」政策でした。腰の物がない挨拶にとまどう元士族や、巡査に咎められる老士族。身分の象徴とプ

ライドを失った人々の切ない現場を調査します。

「Unit-LEX、廃刀令について教えてください」

律が席に着くなり、いつもより少し硬い声で切り出した。

〔Unit-LEX〕「対象法令:廃刀令。正式名称『大礼服並ニ軍人警察官吏等制服着用ノ外帯刀禁止』。明治九年、一八七六年発布。軍人・警察官等を除き、帯刀を禁止する法令です」

「刀狩令は、農民や寺社から武器を取り上げるものでした。でも今度は……」

律の声が僅かに震えた。

「武士自身から、刀を取り上げる……」

陣内が茶を置き、珍しく真剣な顔をした。

「そりゃ、農民から取り上げるのとはわけが違うだろ。刀は武士にとっちゃ、ただの武器じゃない。魂そのものだ」

〔Unit-LEX〕「補足します。廃刀令は、四民平等と近代的軍制の確立を目的とした政策の一環です。士族の帯刀という特権的身分標識を撤廃することで、身分制度そのものの解体を図る側面がありました」

律は条文をじっと見つめた。

「……刀狩令が『武力の集中排除』だったとすれば、これは『身分の象徴の剥奪』……対象も、目的も、全く違う」

〔Unit-LEX〕「跳躍先を設定します。明治九年、旧士族の居住地区」

床が発光し、空間が歪んだ。


砂埃の舞う通りに、洋装と和装が入り混じった、奇妙な光景が広がっていた。

律たちが降り立ったのは、かつての城下町――今や急速に姿を変えつつある、明治初期の町並みだった。

道の向こうから、一人の男が歩いてきた。羽織袴に、腰には何も差していない。その手は、無意識のように、何度も自分の腰の辺りに触れていた。

「……あの仕草」

律が呟いた。

〔Unit-LEX〕「観測しました。当該個体は元士族と推定されます。帯刀の習慣が失われた後も、身体的な癖として残存している例が複数報告されています」

その男が、通りの角で、別の男とすれ違った。互いに会釈をしたが、その表情には、どこか気まずさが漂っていた。

「……いや、これは、どういう」

律が首をかしげると、陣内が説明した。

「士族同士の挨拶ってのは、昔は刀の作法込みで成り立ってたんだよ。刀を差してない今、どう挨拶していいか、お互い戸惑ってるんだろうさ」

さらに歩くと、道端に人だかりができていた。近づいてみると、一人の老士族が、巡査に呼び止められているところだった。

「これ、そのほう。腰の物を検める」

巡査の言葉に、老士族は懐から、小さな匕首のようなものを取り出した。

「これは、護身のための、ただの……」

「刀剣類でなくとも、帯刀とみなされる形状のものは取締りの対象である。今後は控えよ」

老士族は、深々と頭を下げた。だがその手は、屈辱を堪えるように、固く握りしめられていた。

律は、その様子を見て、思わず声を漏らした。

「……刀狩令の農民たちは、法の抜け穴を見つけて、笑いながら殴り合っていました。でも、この方の顔には……全く違う感情が浮かんでいる」

〔Unit-LEX〕「肯定します。刀狩令における武具の没収は、農民にとって生活様式そのものを脅かすものではありませんでした。一方、廃刀令における帯刀の禁止は、士族にとって、身分的アイデンティティの喪失に直結する事態であったと考えられます」

律は老士族の後ろ姿を見送りながら、静かに言った。

「……同じ『武器を取り上げる』という行為でも、対象が誰かによって、その意味は全く変わってしまうんですね」

さらに歩を進めると、開けた広場で、数人の若い士族たちが、何かを取り囲んで議論していた。

「刀を差せぬとは、武士にあらずということか!」

「もう武士という身分そのものが、この国から消えていくのだ。刀の有無など、些末なことよ」

「些末なことだと? 先祖代々、腰に差してきたものを――」

律たちは、少し距離を取ってその様子を見守った。

「……賛否が分かれている。刀狩令の農民たちのような、一枚岩の反発とは違いますね」

〔Unit-LEX〕「肯定します。廃刀令に対する士族の反応は多様でした。時代の変化を受け入れる者、強く反発する者、双方が存在しました。一部地域では、この不満が後の士族反乱の一因になったとする見解もあります」

陣内が腕を組んだ。

「刀狩令の時は、農民は『隠す』という抜け穴を見つけた。今回の連中は、どうするんだ」

律はしばらく考えてから答えた。

「……隠すという選択肢は、あまり意味を持たないと思います。刀狩令は、武力そのものを削ぐことが目的でした。だから隠しても、実質的な脅威にはならなかった。でも廃刀令は、公然と帯刀すること自体――つまり、見せること自体が、身分の誇示になる。隠れて持っていても、意味がない」

〔Unit-LEX〕「指摘の通りです。廃刀令における『帯刀』は、実質的な武力よりも、象徴としての意味が重視されています。その点で、刀狩令とは規制の対象そのものの性質が異なります」

律は、若い士族たちの議論を見つめながら、静かに続けた。

「刀狩令は、力を奪う法律でした。廃刀令は、意味を奪う法律なんですね。同じ『刃物を取り上げる』行為でも、目的が『武力の解体』なのか『身分の解体』なのかで、法の設計思想は、全く違うものになる」


律たちが円卓に戻ると、律はしばらく無言のまま、資料を整理していた。

〔Unit-LEX〕「関連法体系との対比を提示します」

〔Unit-LEX〕「フランス革命後の貴族特権廃止、イギリスにおける帯剣権の歴史的変遷など、身分標識としての武器の剥奪は、近代化の過程で広く見られる現象です」

律は頷いた。

「日本だけの特殊な現象ではなく、近代国家が身分制度を解体する際の、共通したパターンの一つだったということですね」

律は端末を開き、報告書を書き始めた。


時空法制局・調査報告書

案件番号:TLB-0016

対象法令:廃刀令

調査地:明治九年・旧士族居住地区


【現場の事実】

帯刀の禁止に対し、元士族の反応は多様であった。習慣的な身体動作の残存、屈辱としての受容、時代変化としての受容など、個人差が大きく見られた。

【刀狩令との対比】

刀狩令が武力そのものの解体を目的としたのに対し、廃刀令は身分標識としての帯刀の剥奪、すなわち象徴の解体を目的とする。規制対象の性質――実質的な武力か、象徴的な意味か――が根本的に異なる。

【抜け穴の不成立】

刀狩令における「隠匿」という抜け道は、廃刀令には有効に機能しない。帯刀の意味は「所持」ではなく「公然の誇示」にあるため、隠す行為自体が目的を無効化する。

【法制史的意義】

「刃物を取り上げる」という表面上同一の行為が、対象と目的の違いによって、全く異なる社会的帰結をもたらすことが確認された。


書き終えて、律は端末を閉じた。

「……刀狩令と廃刀令。この二つを並べてみて、初めて気づいたことがあります」

「なんだ、先生」

「法律は、いつも『何を禁止するか』だけでなく、『誰にとって、それが何を意味するか』を、同時に設計しなければならない。同じ条文でも、対象によって、全く違う重みを持ってしまう」

〔Unit-LEX〕「本条文との関連性が検出された未処理案件を提示します」


関連条文ログ

・治安維持法・特別高等警察(近代国家における新たな「自力救済禁止」の変容)

・唐律・闘訟律(大陸法そのものへの直接調査)

・高麗律・黎朝刑律(東アジア法文化圏の比較調査)

・士族反乱と法(廃刀令への反発が引き起こした武力衝突)


律はログを見つめ、少し表情を引き締めた。

「……治安維持法。そろそろ、向き合わなければいけない時が来たのかもしれません」

〔Unit-LEX〕「同意します」

律は静かに端末を閉じた。


お読みいただきありがとうございました。

実質的な武力を奪う刀狩令(隠すことに意味があった)と、帯刀という身分の象徴を奪う廃刀令(隠して

持っても意味がない)。同じ「刃物の没収」であっても、対象と目的によって全く異なる社会的意味を持つという深みに律も感銘を受けていました。

次回はいよいよ「自力救済編」最終話!舞台は現代のドイツへ!?


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