【第4部】第22話 象徴なき勇者
魔王城——
評議会の間。
部屋には次々と報告の兵が出入りしていた。
「勇者は、まだ上空に留まっております!」
「攻撃は?」
「しておりません!」
沈黙。
一人が指を組んだ。
「向こうから手を出してくれれば、話は早い」
別の者が頷く。
「民衆への説明が楽になる」
「被害は大きい方がいい」
「恐怖は、戦争の燃料になる」
その時だった。
別の評議員が口を開いた。
「……問題は、イロハだ」
「どう動く?」
沈黙のあと、誰かが言った。
「同じ人間だ。止めに行くだろうな」
円卓に、薄い笑いが広がった。
「なら、期待しよう」
「勇者の正義と、裏切り者の理屈」
「どちらが、先に手を出すか」
「どちらでも、大義が立つな」
窓の外では、まだ光が揺れていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
空——
カイムの腕に掴まりながら、俺は前を見ていた。
光の中心に、一人の男が浮かんでいる。
若い。
装備は派手だが、姿勢が硬い。
――力はあるな。
だが、余裕がない。
距離が縮まる。
俺は声を出した。
「俺がイロハだ」
勇者がこちらを睨む。
「……裏切り者」
「まず話を聞く」
一拍。
「だが、その前に場所を変えよう」
勇者の眉が動いた。
俺はカイムの腕を指で叩いた。
「この状態、長時間はまずい」
「?」
「腋窩での牽引は、関節と神経に負担がかかる。
下手すると脱臼か神経障害だ」
沈黙。
カイムがぼそりと言った。
「……お前は、状況の優先順位がおかしい」
勇者が少し間を置いて言った。
「……分かった」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
城門の外、郊外——
草原の上に三人が降りた。
距離を取る。
遠巻きに、人影が集まり始めていた。
野次馬だ。
その中に、小さな影があった。
スズだった――
勇者ユウキが前に出る。
「俺は女神に選ばれた勇者だ」
声に力が入っている。
「この世界を救うために来た」
俺は頷いた。
「で?」
一瞬、言葉が止まる。
「……魔族は悪だ」
「根拠は?」
「女神がそう言った!」
「女神は現場を見たのか?」
「……!」
「被害者の数は?戦争後の生活は?孤児の数は?」
ユウキの呼吸が荒くなる。
「うるさい……」
俺は続けた。
「正義は理念じゃない、結果だ」
「黙れ!!」
空気が震えた。
魔力が膨れ上がる。
――早いな。
まだ論理の途中だ。
俺はため息を吐いた。
「一つ聞く」
ユウキが睨む。
「勇者なら、象徴を持て」
「……何?」
「技でもいい。思想でもいい。生き方でもいい」
一歩、踏み出す。
「人はな、“象徴”に従う。お前のそれは、何だ?」
沈黙。
ユウキの表情が歪む。
俺は首を傾げた。
「ちなみに俺の勇者の基準は――」
カイムが嫌な顔をした。
「アバンストラッシュを使えることだ」
沈黙。
風の音だけが流れる。
ユウキの顔が真っ赤になった。
「知るか!!そんな技!!」
「なら、お前は勇者じゃないな」
「うるさい!!!」
魔力が爆発した。
光が収束する。
詠唱。
極大魔法。
遠くで――
スズが息を呑んだ。
光が、空を覆っていた。
あの中に、イロハがいる。
胸の奥が、ざわつく。
手が震える。
逃げたい。
でも、目が離せない。
草原の中心で、
俺は、ただ立っていた。
――さて。
――象徴なき勇者は、
――どれくらい、危ないかな。
光が、落ちてきた。




