【第4部】第19話 基盤
川辺の整地が終わった翌日。
朝霧の中、
三人は土地の中央に立っていた。
何もない。
土。
石。
川の音。
スズが周囲を見回す。
「……ここに、作るんだ」
「ああ」
俺は短く答えた。
「まずは家だ」
カイムが腕を組む。
「隔離施設……という建前もあるしな」
「……ねぇ、本当に二人は病気になってないの?」
スズが不安そうに俺達を見つめた。
「俺は何ともない。お前もだろ、イロハ?」
「俺は腰が痛い」
「……自業自得だ」
「なら良かった」
スズは少し笑った。
「で、本当に七日で家を作れるのか?」
「出来る」
即答した。
「隔離施設って言ってあるんだ。
屋根と壁がなきゃ、言い訳にならん」
カイムが小さく息を吐く。
「本当に、グレーを白と言い張る男だな」
「グレーが残ってれば白だ」
スズが首を傾げた。
「グレーはグレーでしょ?」
二人は何も答えなかった。
カイムは高原へ飛んだ。
『お前を計算に入れている。
……というより、お前がいないと成立しない』
『カイムさん、お願いね!』
二人の言葉を思い出し、カイムは軽くため息をついた。
「頼まれるのも、悪くないけどな」
誰に言うわけでもなく、 呟く。
目的地に辿り着いたカイムは、
岩を可能な限りマジックバッグへ収納していく。
そして昼過ぎ――
上空から戻ってきたカイムが、袋を降ろした。
「……入るだけ入れてきた」
「十分だ」
イロハは頷いた。
「スズ、次は泥だ」
川辺——
スズが水を汲む。
俺は川底の土を掘っていた。
「その辺の土じゃダメなの?」
「ダメだ」
土を指で潰しながら言う。
「粘りがある土を使う。粘土質だ」
土を山に集め、水を加え、足で踏む。
ぐちゃ、と音がする。
スズがじーっと見て言った。
「……これ、楽しそう……かも?」
「やってみろ」
恐る恐る足を入れる。
踏む。
沈む。
もう一度踏む。
ぐにゃ、と感触が返る。
「…………」
もう一度踏む。
「……楽しいかも」
イロハは小さく笑った。
「作るって、そういうもんだ」
カイムが岩を並べた。
ウォーターカッターの魔法が走る。
水の刃が岩を切断し、
同じ大きさの石に整えられていく。
スズが目を丸くする。
「すご……」
「水平が揃ってないと、積んだ時に力が偏るからな」
俺は石を確認する。
「家は、力の流れを整える構造物だ」
カイムが呆れた顔をする。
「俺がいないと成立しない……その意味が分かったよ」
「俺はウォーターカッターを覚えていない。
それに出力は0か100だ。微調整は出来ん」
「だがな……
かなり集中しないと均一には切れん」
「お前の微制御が頼みだ」
少し間を置く。
「……身体も家も同じだ。偏ると壊れる」
石を並べる。
俺とカイムが位置を決め、スズが泥を塗る。
その上に石。
また泥。
また石。
壁が、少しずつ立ち上がっていく。
ある程度積んだところで、
「カイム、凍らせろ」
「ああ」
氷魔法が発動する。
泥の水分が一気に凍り、石同士が強く押し付けられる。
ピシ、と小さな音。
スズが驚く。
「割れないの?」
「割れない」
イロハが答える。
「氷は接着じゃない。圧着だ」
「溶けたら?」
「ゆっくり水が抜ける」
少し間を置く。
「乾燥が均一になる。それに断熱材にもなる」
カイムがぼそりと言う。
「……お前、建築士になれ」
「ならん」
即答だった。
「俺は、壊れにくい構造を知ってるだけだ」
四日目——
壁が完成した。
五日目——
カイムが岩を薄く切断する。
屋根材だ。
俺は骨組みの角度を調整する。
「少し傾ける」
スズが聞く。
「なんで?」
「水が溜まる構造は、壊れるだけだ」
薄い石を置き、
泥を塗り、
また石。
層を重ねる。
最後に氷魔法。
水分が凍り、全体が締まる。
七日目——
小さな石造りの建物が、川辺に立っていた。
一部屋。
簡素な窓。
低い屋根。
それでも……
スズは、しばらく動かなかった。
「……これ」
中に入る。
床を踏む。
壁に触れる。
外を見る。
振り返る。
「……ここ」
少し間があって、
「……私の?」
俺は答えなかった。
代わりに言った。
「隔離施設だ」
カイムがため息を吐きながら、横で言う。
「名目上はな」
スズは少し考えて、
そして、小さく笑った。
「……私の家、だ」
俺は壁を軽く叩いた。
「家はな」
静かに言う。
「雨風を防ぐためのものじゃない」
スズとカイムが見る。
「帰る場所を、決めるんだ」
川の音が流れる。
風が、建物の角をなぞる。
まだ小さい。
まだ何もない。
それでも――
そこにはもう、
帰る場所が出来ていた。




