【第4部】第18話 基盤
川辺の土地は、想像以上に荒れていた。
背の高い草。
絡みつく根。
大小の石。
そして――
「……水、近いな」
川は、思っていたよりも幅が広い。
流れは緩やかだが、増水すれば簡単に溢れそうだった。
カイムが周囲を見渡す。
「改めて聞くが」
「何だ」
「ここは隔離施設ではなく、
子供なら誰でも遊べる公園でいいんだよな?」
「そうだ」
「……だから、
(仮)で梅毒感染者隔離施設で申請した」
「これは何の確認だ?」
カイムは少し間を置いた。
「……俺の常識の確認だ」
「結果は?」
カイムは小さく息を吐く。
「黒に近いグレー」
俺は頷いた。
「グレーが残っていれば、白だ」
カイムが空を見上げた。
「……お前といると、基準が狂う」
「制度は、使うためにある」
「——じゃあ、何からやるの?」
スズが袖をまくりながら聞いた。
俺は地面を踏みしめる。
柔らかい。
所々、沈む。
「整地だな」
「整地?」
「基盤を作る」
俺は川の方を指さした。
「まず、水側を少し高くする」
「なんで?」
「増水対策」
カイムが眉を上げた。
「そこまで考えてるのか?」
「子供は、水に向かいたがる」
俺は続ける。
「だから、水から守る」
スズは真剣な顔で頷いた。
「何すればいい?」
「草取りと石拾い」
「分かった!」
カイムが空へ上がる。
「範囲は?」
「この線から向こうだ」
地面に棒で線を引く。
次の瞬間。
ドン――
鈍い音がした。
地面が持ち上がる。
土が浮き、 大きな塊になる。
「爆発魔法は加減しろ」
「してる」
土の塊が崩れ、根がむき出しになった。
俺は頷く。
「いい。これで分離できる」
カイムが首を傾げる。
「普通は手で抜くんじゃないのか」
「効率が悪い」
スズは必死に草を集めていた。
小さな手で根を掴み、 引っ張る。
「うーん……!」
抜けた。
「取れた!」
「根まで取れ」
「えっ」
「残るとまた生える」
スズは真剣な顔になった。
「敵だね」
「敵だ」
カイムが小さく笑った。
石は、籠に集めた。
大小様々。
スズが聞く。
「これ、捨てるの?」
「捨てない」
川の縁に並べる。
「流れを弱める」
カイムが言った。
「簡易の護岸か」
「そうだ」
スズは一つ一つ、 丁寧に置いていく。
「重い……」
「ゆっくりでいい」
昼頃。
カイムが言った。
「一度、土を締める」
上空へ上がる。
俺はスズを連れて、 川沿いへ移動した。
「おい、カイム!魔法はバーストを使え!
でも地面に当てるな!当てるのは衝撃波だ!!」
「……また難しい注文だな」
カイムは詠唱し、魔法を放つ。
小さな爆発が、地面より少し高い位置に点々と起きた。
ドン。
ドン。
衝撃が土を締める。
クレーターは出来ない。
表面だけが固まっていく。
カイムが降りてくる。
「こんなものか?」
俺は足で踏む。
目線は、踏んだ土へ――
沈んでいない。
「さすがだな……ん?」
俺は踏みつけた雑草に気づいた。
踏んだ草が、少し泡立った。
――このぬめり……もしかして……
「イロハ、少し休憩だ!」
その声を聞いた途端、スズが布を広げた。
「サンドイッチ、作ってきた!」
パンに、肉と野菜。
カイムが少し驚く。
「いつの間に」
「朝!」
俺は頷いた。
「その前に……スズ、これ知ってるか?」
俺は、さっき見つけた雑草を見せた。
「何それ? 雑草?」
「サポナリアだ」
「……これがそうなのか?」
「さすがにカイムは知ってるか」
「私、知らないんですけど」
「完全天然敏感肌用低刺激石鹸」
「何? 呪文??
というか……この草、石鹸なの?」
「あぁ。石鹸になる」
俺は続ける。
「スズ、飯の前やトイレの後……
手を洗う時はこれを使うんだ。集めておく」
「じゃあ、早速使ってみる!」
三人で、川辺で手を洗う。
「ねぇイロハ……」
「ん?」
「あんまり泡立たないんだね」
「だからいいんだ」
「ん?そうなのか?」
「肌には、取れてはいけない物がある」
少し間を置く。
「このサポナリアの泡は、それを守る」
風が、川の匂いを運ぶ。
少し静かな時間だった。
「よし。食うか!」
午後——
最後の草を集め終わる。
石も並んだ。
地面はまだ土のままだが、凹凸はなくなっている。
カイムが周囲を見渡した。
「……何もないな」
俺も見た。
広い。
平らな土地。
まだ、何もない。
その時。
「ねぇ」
スズが呼んだ。
振り向くと――
手も、
服も、
顔も、
土だらけだった。
でも、笑っていた。
少し息を切らしながら言う。
「作るって、楽しいね」
風が少し強く吹いた。
川面が光る。
俺は頷いた。
「そうだな」
カイムが横で呟く。
「……お前の影響だな」
「違う」
俺は地面を見る。
踏みしめる。
「そういう“環境”だ」
スズはもう一度、周りを見た。
何もない土地。
でも。
そこに立っている顔は、
もう――
“置かれた子供”の顔ではなかった。
夕日が、基盤になった土を静かに染めていった。




