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【第4部】第17話 守る仕組み

朝——


腰の鈍痛で目が覚めた。


「……最悪だな」


寝返りを打とうとして、俺は途中で止まった。


背骨の奥に、鈍い熱が残っている。


パップの匂いが微かにする。


共振破壊——


成功した代償が、体に刻まれていた。


「……限定使用だな」


独り言が漏れる。


その時、

扉が軽く叩かれた。


「起きてるか」


カイムだった。


「起きてる。今行く」


俺は廊下に出る。


腕を組んだカイムが、俺を見ていた。


「歩けるか」


「歩ける」


「信用ならんな」


「……ただの腰痛だ」


短いやり取りのあと、カイムが本題を切り出す。


「土地の件だ」


俺は頷く。


「あぁ――」


朝の光が差し込む。


「——買うぞ」


俺は即答した。


「名義は俺にしろ」


「“イロハ”だな」


「違う。“リーフ”の方だ」


カイムの眉が、わずかに動いた。


「理由は?」


俺は壁にもたれた。


「表向きは――」


少し間を置く。


「(仮)梅毒感染者の隔離保護と医療観察施設」


カイムが無言になる。


「……仮、か」


「意地でも付けろ」


「なぜだ」


「何かあっても逃げ道になる」


俺は続けた。


「状況が変われば、施設の役割も変わる」


「なるほどな」


カイムは小さく息を吐いた。


「軍には通る」


「当然だ。感染症対策は軍案件だ」


「ただ……本人と名義が違う事を怪しまれないか?」


「怪しまれるが……問題ない。多分通る」


「?」


「感染者が差別を恐れ、仮の名を使う。

 それに、監視役は軍のお前だ」


少し間を置く。


「それは信用になる」




――例え(仮)が外れて、圧力がかかっても……


――リーフ名義なら第八部隊の拠点になる。


――そこに手を出すなら、外交問題だ。




「……盾は何枚あってもいい」


俺は小さく呟き、 視線を外へ向けた。


「それと」


「まだあるのか」


「ある」


淡々と言う。


「最初にスズと飯を食った川辺」


カイムが目を細める。


「あそこも買えるか確認しろ」


「……なぜあそこだ」


「街の外れで広い。それに水がある」


俺は続けた。


「子供は水辺に集まる」


「随分、感覚的だな」


「感覚は大事だ」


少し沈黙が落ちた。


「もし値段が同等なら、川辺を選べ」


「……分かった」


カイムは踵を返した。


扉の前で、一度だけ振り返る。


「予定通り、“リーフ”名義で申請してくる」


「ああ」


カイムは静かに出て行った。




宿の裏庭——


俺は椅子に座り、木材を並べていた。


紐。

細い枝。

ナイフで削った板。


ナイフの柄を使い、


カン、カン――


小さな音を響かせる。


そこへ――


「何してるの?」


スズが顔を出した。


「設計」


「設計?」


「遊具のな」


スズの目が丸くなる。


俺は小さな木片を組み合わせた。


二本の支柱。

横木。

紐の代わりに細枝を垂らす。


「……何これ?」


「ブランコだ」


スズが隣に座る。


「どうやって遊ぶの?」


俺は細枝を外し、紐を垂らし、板に結ぶ。


「ここに乗る」


「乗るだけ?」


「自分で漕ぐ。もしくは押してもらう」


「楽しいの?」


「子供はみんな好きだ。案外、俺も好きだ」


「ふ〜ん……これは?」


スズは俺の後ろにある“設計”を指差した。


「すべり台」


「あっちは?」


「ジャングルジム」


「これは?」


「鉄棒」


「それは?」


「シーソー」


俺は一つずつ、どう遊ぶのか説明した。


「ねぇ、イロハ」


「ん?」


「私も手伝いたい」


俺は木片を差し出した。


「どれから作る?」


スズは少し悩み――


「……ブランコ」


俺は頷く。


「じゃあ……

 あの木にくくりつけて、簡単に作ってみるか」


二人は黙々と手を動かした。


俺が木に登り、余計な枝を切っていく。

スズは、その枝を集め端へ寄せる。


しばらくして――


スズがぽつりと言った。


「……ねぇ」


「ん?」


「なんで、そこまでしてくれるの?」


俺の手が止まる。


少し考えた。


そして答えた。




「楽しい方がいいだろ?」




スズが瞬きをした。


「それだけ?」


「ああ」


俺はブランコの座板を削りながら続ける。


「腹が減ると、人はまともな判断が出来なくなる」


「……」


「腹が膨らめば、色んな事を考えるようになる」


「……」


「色んな考えは、必ずしも良い事だけじゃない」


少し間を置く。


「嫌な思い出も、全部だ」


「……だから」


「だから、“楽しい”で上書きする」


スズは何も言わなかった。


何も言わず、 俺の背中に抱きついた。




夕方——


スズは完成した簡易ブランコに乗って、はしゃいでいた。


そこにカイムが戻ってくる。


「終わった」


俺は顔を上げた。


「結果は?」


「川辺、買えた」


「名義は?」


「“リーフ”だ」


俺は小さく頷いた。


「……よし」


「ねぇ、リーフって?」


スズが首を傾げる。


「俺の通り名だ。深い意味はない」


「ふ〜ん」


カイムは続ける。


「申請理由は、梅毒感染者隔離医療施設(仮)」


「完璧だ」


「軍は協力姿勢だ。ただし――」


カイムが苦笑する。


「誰も近寄らん」


俺も笑った。


「それでいい」


沈黙。


風が川の匂いを運んできた。


スズが小さく聞いた。


「……あそこに、本当に作るの?」


俺はミニチュアのブランコを持ち上げた。


「作る」


静かに言った。


「帰る場所は、作らないと出来ないからだ」


「帰る、場所?」


「お前の“居場所”だ」


スズの目が揺れた。


カイムは黙って空を見上げた。


夕焼けが、川面を赤く染めていた。


俺は木製の小さなブランコを揺らした。


それはまだ、手のひらに収まる大きさだった。


だが――


確かに、

未来の形をしていた。

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