【第4部】第13話 役割
翌日——
朝の光が、宿の窓から差し込んでいた。
テーブルの上には、
簡素な地図が広げられている。
俺は椅子に腰掛けたまま言った。
「カイム」
「何だ」
「軍に討伐許可を取りに行け」
カイムは頷いた。
「分かった」
「ついでに二つ確認して来い」
指で地図の外縁をなぞる。
「シェルライノの平均売値」
「了解」
「あと、昨日の空き地の価格」
カイムの眉がわずかに動く。
「土地を人間が買う場合、
足元を見られる可能性がある」
俺は続けた。
「最低額じゃなく、大目に見積もれ」
「……分かった」
カイムは立ち上がる。
扉へ向かいながら、振り返った。
「もし、討伐許可が降りなかった場合は?」
「降りる」
即答した。
「厄介払いしたいはずだ」
カイムは小さく笑った。
「……否定出来んな」
扉が閉まる。
部屋に、静けさが落ちた。
スズは窓際に立っていた。
外を見ながら、小さく言う。
「……二人で出かけちゃうんだ」
俺は立ち上がった。
「まず、お前の役割を決める」
スズが振り返る。
「役割?」
「ああ」
テーブルの上の袋を開いた。
中から丸い黒パンを取り出す。
「お前は、料理番だ」
沈黙。
スズは瞬きをした。
「……私、料理知らないよ?」
「知ってる」
「ぶー」
口を膨らませ拗ねるが、頬の赤みが目立った。
「……ねぇイロハ。教えてね」
その呼び方に、
俺は一瞬だけ視線を上げた。
「作り方は教えるつもりだ」
生地を台に置く。
「任せたぞ」
スズは小さく頷いた。
宿の裏手にある、小さな調理場を借りた。
鉄板を火にかける。
「まず、黒パンの下処理だ」
「そのままじゃないんだ」
「料理はな、ひと手間を惜しむな」
スズは真剣な顔で頷く。
「とはいえ、やる事は簡単だ」
半分に切る――
軽く焼く――
「簡単だね」
「少し、食ってみろ。
胃が驚かない様に少しだぞ?」
スズの目が、黒パンから離れなかった。
そして、一口食べる。
「黒パンって焼くとこうなるんだ。
外はガリガリ?中は……ホロホロ??」
「外を固めて、中は味が染みる様にする。
断面に脂を吸わせてから熱を加えろ。
外は『揚げ焼き』、中は『しっとり』になる」
「ふ〜ん」
「次に、具だ」
保存袋から挽き肉を取り出す。
「これを焼く」
「……お肉、食べたい……」
「俺達が帰って来たらな」
スズが顔を上げる。
「お前が焼け」
「……私が?」
「ああ」
肉を手のひらで丸める。
「焼いて、パンに挟んで出せ」
スズは黙って見ていた。
「三人分だ」
少し間を置いて、聞く。
「出来るか?」
スズは、ゆっくり頷いた。
「……出来る!」
昼過ぎ――
部屋の扉が開いた。
カイムが戻って来た。
「……すんなり許可が降りたぞ」
「やっぱりな」
カイムは机に書類を置いた。
「予定通り、厄介払いされたってことだな」
椅子に腰掛ける。
「情報も確認してきた」
カイムは指を二本立てた。
「シェルライノは、一体金貨二百枚前後」
「妥当だ」
「空き地は……最低でも金貨千枚」
スズが息を呑む。
「そんなにするの?」
「する」
俺は短く答えた。
「なら目標は六体だ」
「一体多くない?」
スズは首をかしげる。
「余裕はあった方がいい」
カイムが眉を上げる。
「で、その余剰分は?」
「軍資金に回す」
沈黙。
カイムは小さく頷いた。
「合理的だな」
出発準備を整えていたら、スズが扉の前に立った。
「……私も行く?」
「行かない」
即答した。
「戦場は、役割がない奴を殺す場所だ」
沈黙。
「お前には、違う役割がある」
スズが、ゆっくり顔を上げる。
「料理番だ」
袋を指差した。
「帰ったら、肉を焼け」
スズの唇がわずかに震えた。
「……待ってていいの?」
「違う」
俺は首を振る。
「迎えろ」
スズは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく言った。
「分かった」
少し間を置いて、
「帰ってきて。
ご飯、作って待ってる」
俺は頷いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
森は、静かだった。
『魔素の流れが、空気を歪めている』
と、カイムは言っていた。
俺にはよく分からないが、悪い事だというのは分かる。
カイムは空へ舞い上がった。
風が枝を揺らした。
「……見つけたぞ」
上空から声が降る。
「西へ三百。群れだ」
俺は地面に手を当てた。
土の振動を読む。
確かにいる。
ゆっくり立ち上がる。
「位置をずらす」
カイムが旋回する。
森の奥へ誘導する軌道。
俺は足裏を意識する。
足裏が淡く光る。
カイムの声が降る。
「……準備はいいか?」
俺は前を見た。
樹々の向こう。
灰色の装甲が、蠢いている。
「問題ない」
重心はあえて高く。
初速に備える。
――さて……作業開始だ。
地面が弾けた。
俺は、森の奥へ突っ込んだ。




