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【第4部】第12話 空き地

街は、昼に向かって賑わい始めていた。


行商人が声を張り上げ、

屋台からは、焼いた肉の匂いが漂う。


子供の姿は――ほとんど無い。


俺は通りを歩きながら、視線だけを動かした。


「……なぁ、カイム」


「何だ?」


「この街、子供はどこにいる?」


カイムは少しだけ眉を動かした。


「家庭だな。

 裕福な家なら家庭教師。そうでなければ手伝いだ」


「孤児は?」


「孤児院に入るか……」


そこで、カイムは言葉を切った。


少し後ろを歩いていたスズが、小さく笑った。


「……私みたいに働くか、だね」


俺は返事をしなかった。


路地を一本曲がる。


そこは住宅街の外れだった。


石垣が崩れた空き地が広がっている。

雑草は膝まで伸び、錆びた柵が半分だけ倒れていた。


「……」


俺は足を止める。


「何だ?この空き地、気になるのか?」


「ああ」


風が草を揺らした。


「人間の国でも、似たようなもんだったな」


「……」


「子供が走る場所が無い」


カイムは、しばらく黙っていた。


スズが首を傾げる。


「走る場所って……その辺にあるじゃん?」


俺は振り返らなかった。


「場所はな、作らないと存在しない」




昼——


昨夜の川辺へ向かう。


鍋の中で、琥珀色の液体が静かに揺れていた。


「火、弱めろ」


「……こう?」


「そこまで弱くするな。香りが死ぬ」


スズが、ぎこちなく木匙を動かす。


ハチミツと骨出汁を合わせたスープが、ゆっくり乳化していく。

甘い香りが風に乗り、静かに広がった。


「焦るな。料理は逃げない」


「……うん」


スズは真剣な顔で鍋を見つめていた。


俺はその背中を見ながら、カイムへ近づく。


カイムは腕を組んで立っていた。


「上官は何て言ってた?」


「現場判断に任せる、だとさ」


「言質は取れた訳だな」


カイムが片眉を上げる。


「……何を企んでいる?」


俺は鍋を覗き込むスズを見ながら言った。


「カイム」


「何だ」


「空き地、買うぞ」


沈黙が落ちた。


スズの手が止まる。


「……空き地?」


カイムが呟く。


「何のためだ?

 孤児院でも建てるのか?」


「いや」


俺は首を振った。


「子供の遊び場を作る」


スズが振り向いた。


「……遊び場?」


「公園だ」


「こうえん……?」


スズの声は、聞いたことのない単語をなぞるようだった。


俺は地面を指差す。


「地面があってな」


「うん」


「走っていい」


「……え?」


「転んでも怒られない」


スズの目が揺れる。


「叫んでもいい」


「……」


「何かを投げてもいい」


「……」


「喧嘩もしていい」


「……」


「泣いてもいい」


「……」


「でも、遊べる」


木匙が、鍋の縁に当たって小さく鳴った。


「……何するとこ?」


「“笑う”場所だ」


それだけ言った。


スズは、しばらく黙っていた。


それから――


ほんの少しだけ笑った。


「……楽しそう」


カイムが深く息を吐く。


「お前は……本当に……」


「反対か?」


「する訳がないだろう。

 むしろ……この国には、必要かもしれない」


視線を俺に戻す。


「だが金はどうする」


「足りない。今……金貨四十枚程度だ」


「分かっていて言っているのか」


「ああ」


俺は鍋を指差した。


「完成だ。味見しろ」


スズが恐る恐る匙を口へ運ぶ。


目を見開いた。


「……美味しい」


「だろ?」


「……作れた」


「ああ。料理は逃げない」


スズは、もう一口すくった。


少しだけ誇らしそうだった。


カイムが小さく笑う。


「で、金は?」


俺は空を見上げる。


「稼ぐ」


「どうやって?」


「魔物だ」


カイムの目が細くなる。


「狩る気か」


「ああ」


俺は続けた。


「予想だが……

 あのサイ、確かシェルライノって言ったな」


「ああ」


「あの外殻の硬さは、防具になるはずだ……違うか?」


「……なる。しかも高値だ」


「狩るぞ」


「……例の技を使うつもりか」


俺は答えなかった。


スズがこちらを見る。


「危ないの?」


「危ないな」


「じゃあ、やめればいいのに」


俺はカイムを見て言った。


「こいつがいれば、問題ない」


「……治せる範囲で頼むぞ」


スズは少し考えて、ぽつりと呟いた。


「じゃあ……早く作ろう」


「何を」


「公園」


鍋から立つ湯気が、三人の間を漂う。


「完成したら……」


スズは言葉を探した。


「……私、そこで遊んでいい?」


俺は少しだけ考えた。


「お前が最初の利用者だ」


スズは、はにかんだ。


カイムが苦笑する。


「……とんでもない話だな」


「そうか?」


「人間からすれば、ここは敵国だぞ?

 敵国のど真ん中に遊び場を作る、と言っている」


俺は肩をすくめた。


「いざとなれば、第八部隊も動かすぞ?」


「……あの副官のために、やめてやれ」


カイムはしばらく俺を見ていた。

それから、小さく頷く。


「……分かった。付き合おう」


もう一度、空を見上げる。


昼の光が、街を照らしている。


子供の声は――まだ、聞こえない。


「決まりだ」


静かに言った。


「空き地を買う」

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