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【第4部】第11話 子供という役目

カイムが軍へ報告に行った後、俺は部屋へ戻った。


宿の部屋は静かだった。


窓の外では、夜の城下町がまだ息をしている。

遠くで誰かが笑い、どこかで酒瓶が鳴る音がする。


その全てが、ここには届かない。


スズはベッドの上で膝を抱えていた。


俺は椅子に腰掛け、

火の残るランプの明かりを見つめる。


しばらくして、スズがぽつりと呟いた。


「……ねぇ」


「なんだ」


「ちょっとだけ、話してもいい?」


「構わん」


スズは視線を落としたまま、ゆっくり口を開いた。


「私ね……親の顔、知らないの」


ランプの炎が小さく揺れる。


「気付いた時には、もう一人だった。

 どこにいたのかも覚えてない。

 気付いたら、路地裏で寝てて……」


言葉は淡々としていた。

だが、指先は布を強く握っている。


「最初は、物を盗んでた。

 でも……すぐ捕まって、叩かれて……」


スズは少しだけ笑った。


「殴られるのは……慣れるの、早かったな」


俺は何も言わない。


「そのうちね、教えられたの。

 “こっちの方が楽に稼げる”って」


沈黙が落ちる。


「嫌なこと、いっぱいあったよ。

 でも……生きなきゃいけなかったから」


スズはゆっくり顔を上げた。


「だから、仕方なかった」


その言葉は言い訳ではない。

ただの事実だった。


俺は短く息を吐く。


「お前みたいな奴は、多いのか?」


スズは少し考えた。


「……多いと思う」


「子供の遊びをした経験は?」


スズは瞬きをした。


そして、小さく首を振る。


「ない」


「かくれんぼとか、鬼ごっことか、そういうのも?」


「名前は知ってる」


それだけだった。


再び沈黙が降りる。


やがて、スズが静かに言った。


「……ねぇ」


「なんだ」


「私……死ぬの?」


ランプの火が、わずかに揺れた。


「可能性はある」


スズは目を逸らさなかった。


「だが」


俺は続ける。


「ただでは死なせん」


スズの眉が、わずかに動いた。


「本気で、“子供”をやらせてやる」


その言葉に、スズは困ったように笑った。


「……なんで?」


「何がだ」


「なんで、そこまでしてくれるの?」


スズは自分の腕を見下ろした。

痩せ細った腕——

薄く浮かぶ赤い斑——


「私の体、汚れてるよ?」


俺は即答した。


「お前は、生きるために体を売った」


スズが目を見開く。


「言い方を変えれば、戦士だ」


「……戦士?」


「覚悟を持って生き延びた奴を、俺は尊敬する」


スズは何も言えなかった。


俺は窓へ視線を向けたまま続ける。


「それに」


少しだけ間を置く。


「この環境は、大人が作ったものだ」


ランプの光が揺れる。


「なら、一人の大人として、お前を面倒見る。

 ……それだけだ」


スズは長く黙っていた。


やがて、小さく笑う。


「……もしさ」


スズは膝に頬を乗せながら言った。


「おじさんみたいな人が、親だったらよかったな」


俺は肩をすくめた。


「やめとけ。面倒くさいぞ」


スズはクスっと笑う。


「そんな気がする。

 カイムさん見てると、なんか分かる」


「……あいつは関係ない」


「あると思う」


短い笑いが、部屋に落ちた。


しばらくして、 スズは毛布へ潜り込む。


「今日はもういい。寝ろ」


「うん」


スズは目を閉じた。


「……その、ありがと」


返事はしなかった。


やがて、規則正しい寝息が聞こえ始める。




俺は立ち上がり、ランプを少しだけ近づけた。


スズの腕が、毛布からわずかに覗いている。


薄く浮かぶ、赤い斑——


指先で、そっと触れる。


俺は小さく息を吐いた。


「……こんな痕、

 気にする暇が無くなるくらいにしてやる」


それは誓いではない。


ただ――


俺の役目と、

“子供としてのスズ”の役目を、確認しただけだった。


スズの寝息は変わらない。


俺はランプの火を少し絞った。


暗闇が、静かに部屋を包んでいく。

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