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【第4部】第9話 骨と蜜の灯り

三人が向かった先は、居酒屋ではなかった。


石畳の大通りを抜け、

露店が並ぶ商店街へと足を踏み入れる。


カイムが怪訝そうに眉を寄せた。


「……飯屋じゃないのか?」


俺は並ぶ食材を眺めながら答えた。


「お前、さっき空気感染の話をしていただろ」


「あぁ」


「可能性は、ほぼ無い」


カイムの足が止まる。


「……ほぼ?」


「梅毒なら可能性はない。

 だが断定はしない。俺は医者じゃないからな。

 それに――」


一拍。


「国がそう定めている以上、

 記録係のお前には都合がいいだろ?」


カイムは小さく息を吐いた。


「……つまり、外で食うってことか」


「あぁ。作る」


俺は淡々と言った。




スズは商店街をきょろきょろと見回していた。


干し肉。

焼き菓子。

串焼き。


色と匂いが、少女の視線を忙しく動かす。


やがて、少しだけ弾んだ声で言った。


「ねぇ……」


「なんだ?」


「ステーキとか……食べさせてくれるの?」


スズは笑った。

どこか甘えるような笑い方だった。


「何年も食べてないんだ♡」


「食べさせる訳ないだろ」


間髪入れずに答えた。


スズの顔が固まる。


カイムが苦笑する。


「お前……言い方……」


俺は構わず続けた。


「リフィーディング症候群になる」


「……リフィー……?」


カイムが首を傾げる。


「飢餓状態の身体に、

 急激に栄養を入れると、代謝が暴走する」


俺は干し肉を手に取り、戻す。


「下手をすれば、心臓が止まる」


スズの目が丸くなった。


「それは困るよ!」


「安心しろ」


俺は別の露店へ歩いた。


「だから、これを使う」


店先に並ぶ骨の山から、一本を手に取る。


白く、滑らかな断面。


カイムが覗き込んだ。


「……仔牛の骨?」


「そうだ」


「骨……?」


スズが不思議そうに見上げる。


「骨から命を煮出す」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




必要な食材を揃えた後、

三人は城下の外れへ向かった。


城壁の影を抜けると、

川の流れる静かな空間が広がっていた。


夕闇が水面に沈み、

街の灯りがゆらゆらと揺れている。


俺は河原に腰を下ろし、

マジックバッグから鍋を取り出した。


「カイム、火」


「……はいはい」


小さな火が灯る。


スズは少し離れた場所で、 膝を抱えて座っていた。




骨を鍋に入れる。

水と、少量のワインを注ぐ。


火にかける。


静かな音を立てて、泡が浮かび始める。


スズが鍋を覗き込む。


「……それ、本当に食べ物になるの?」


「なる」


俺は浮いた灰汁をすくい取る。


「捨てられる物ほど、栄養が詰まっている」


カイムが腕を組んだ。


「お前の理屈、時々怖いんだが」


「事実だ。慣れろ」


骨を煮込み続ける。


やがて、

白濁した香りが立ち上る。

ほんのり甘い匂いが混ざる。


スズの鼻が小さく動いた。




次に、大麦を鍋へ入れる。

柔らかくなるまで煮込む。


形が崩れ始めた頃、俺はそれを石鉢に移した。


すり潰す。

粘りが生まれる。


「それ……ドロドロ……」


「消化を助ける」


一拍。


「弱った胃でも吸収出来る形にする」


スズはじっと見ていた。




鍋に戻す。火を弱める。


俺は小さな器を取り出し、卵黄を落とす。

ラードを溶かす。 蜂蜜を垂らす。


黄金色が混ざる。


カイムが眉を上げた。


「……甘いのか?」


「甘い」


「飯だぞ?」


「栄養と感情は連動するんだ」


俺は鍋の火を止めた。


そして、

ゆっくりと器の中身を流し込む。

分離しないよう、 静かに混ぜる。


鍋の中で、淡い黄金色が広がった。


最後に、砕いた香草を一つまみ落とす。


湯気が立つ。


香りが、夜気に溶けた。




器に注ぐ。


淡く光るスープ。


俺はそれをスズに差し出した。


「飲め」


スズは戸惑った顔をした。


「……本当に、いいの?」


「飲め」


スズは両手で器を受け取る。


少し震えていた。


湯気に顔を近づける。


甘い匂いが、少女の表情を揺らす。


そっと、口を付ける。


一口。


スズの肩が震えた。


もう一口。


ゆっくりと飲み込む。


そして――


「……甘い……」


声が、かすれる。


「……美味しい……」


雫が、器に落ちた。


スズは気付いていない。


ただ、何度も口に運ぶ。


涙が、止まらなかった。




別の器にも注ぐ。


カイムに差し出す。


カイムは黙ってそれを見ていた。


「……骨で、ここまで出来るのか」


「出来る」


俺は川を見たまま答えた。




「捨てられた物ほど、丁寧に扱えば、生き返る」




カイムは何も言わなかった。


スズは器を抱えたまま、小さく呟いた。


「……また、飲みたい」


俺は視線を向けなかった。


「その時は、自分で作れ。教えてやる」


「……ねぇ、この名前、何っていうの?」


俺は夜の川面を見ながら、甘い匂いを感じて答えた。


「ハニーボーン・ポタージュ、かな」


スズは静かに頷いた。


「……そのまんまだな」


カイムがボソッと呟いた。

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