表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/107

【第4部】第6話 本国

輸送隊の隊列が、

本国の外郭門を潜ったのは、薄曇りの昼だった。


石造りの城壁は高く、そして分厚い。


長年の戦と歴史が積み重なったような、

重圧にも似た威厳がある。


門兵たちが、一斉に槍を立てた。


「輸送隊、帰還!」


隊長の声に、整然とした敬礼が返る。


だが――


その視線のいくつかは、

荷車の中央にいるイロハへ向けられていた。


好奇——

警戒——

そして、測るような静かな視線。


イロハはそれに気付きながらも、特に反応しない。


ただ空を見上げ、小さく呟いた。


「……都会だな」


「感想がそれか」


隣で、俺は呆れたように返す。


「壁が高い。人が多い。石の匂いが濃い。十分都会だ」


「なぜそれで都会なのか……俺にはよく分からん」


「分からなくていい」


イロハは肩を竦めた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




隊列はそのまま、

市街地へは入らなかった。


中央通りを避け、

軍専用の搬入路へ進んでいく。


兵舎群。

鍛錬場。

武具庫。


そして――


監察棟。


石造りの建物は簡素だが、妙に静かだった。


人の往来はある。

なのに、笑い声がない。


輸送隊の隊長が足を止める。


「ここから先は、軍監察の管轄だ」


カイムが軽く頷いた。


「了解しました」


隊長はイロハを一瞥する。


「悪く思うな。規則だ」


「気にしてない」


イロハはあっさり答えた。


「飯は出るか?」


隊長が、一瞬だけ固まる。


「……出る」


「なら問題ない」


隊長は小さく息を吐いた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




案内された部屋は、妙な造りだった。


牢ではない。

だが、客室とも違う。


簡素な寝台。机。椅子。

窓には鉄格子。


ドアも窓も、外鍵式だ。


イロハは室内を一周すると、窓際へ腰を下ろした。


「軟禁……ってやつか」


「言い方を選べ」


俺は眉を寄せる。


「待遇は悪くないだろう」


「待遇はな」


イロハは窓の外を見たまま続けた。


「問題は、“扱いが決まってない”ことだ」


「……」


「カイム、任せたぞ」


「……ハァ」


俺は、ため息を一つついた。




取り調べは、別々に行われた。


俺は個室の椅子に腰掛け、目の前の監察官と向き合う。


「カイム殿。よくご無事で」


「あいつのお陰です」


年配の男だった。


無駄のない姿勢。

感情を見せない目。


監察官は静かに書類を開く。


「確認する」


低い声だった。


「人間領内で探索活動――」

「冒険者に襲われ――」

「廃村に身を隠す――」

「例のイロハという人間に助けられる――」

「その後、別々に行動――」

「捕縛されるが、イロハに助けられる――」

「我々の食文化に興味があった――」

「二人でこの国まで密入国――」


監察官が視線を上げる。


「……ここまで、合っているか?」


「はい」


「その後は報告書の通り、

 監視塔にて料理の提供……行軍食の提案……」


「その通りです」


「だが問題は、異常なまでの戦闘能力だ」


「……」


「ただでさえ硬いシェルライノ。しかも魔素暴走型を単独撃破」


監察官の目が細くなる。


「本当に、害が無いと言えるのか?」


「奴は、ほとんどの興味が“食”です」


――それと……多分、子供好きだ。


「人間領にいた時も、相手を攻撃していた記憶はない」


――副助祭には、心理的に攻撃してたけどな。


「もし奴が力を行使する時は……

 奴自身に火の粉が降りかかった時と、助けを求められた時だけだと」


「ふむ……」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




俺は個室で暇を持て余していた。


カイムは誰かに呼ばれ、部屋を出て行った。


たぶん……取り調べだろう。


――そろそろ、俺の番か?


コンコン、とノック音。


扉が開いた。


「失礼する」


俺の取り調べが始まった。




「貴殿は自らを“異国の料理人”と名乗った。間違いないか?」


「間違ってはいない」


「では、戦闘能力について説明を」


俺は少しだけ首を傾げた。


「どこまでを戦闘能力と呼ぶ?」


監察官の眉が、わずかに動く。


「輸送隊の被害報告書には、

 『単独で魔素暴走型シェルライノ撃破』と記されている」


「ライノ……

 あぁ、サイか。それは事実だ」


「兵としての訓練歴は?」


「ない」


「所属組織は?」


「ない」


「戦闘意思は?」


「ない」


「貴殿は、どの国家に帰属意識を持つ?」


「帰属意識?特にない」


「人間とカイム。争いの場面でどちらを優先する?」


「助けを求められた方」


「最も信頼している人物は?」


「仙石権兵衛」


「……その人物は?」


「死ななかった武将だ」


「……?」


監察官が僅かに首を傾げる。


「命と正義、どちらを優先する?」


「生き残る可能性が高い方」


「何を与えられれば協力する?」


「美味い飯」


間髪入れずに答えた。


監察官は、静かに書類を閉じる。

その指先が、わずかに止まった。


「矛盾している」


沈黙が落ちる。


「してない」


俺は淡々と言った。


「生き残る事を優先してるだけだ」


部屋に、再び静寂が落ちた。


「……戦いは好きか?」


「どちらかと言うと……戦う準備段階が好きだ」


「準備?」


「あぁ。戦闘を理屈で考える。

 こうやればこうなる、こうすればああなるってな……

 それを思考するのは、案外、楽しんでるのかもしれない」


監察官は目を細めた。


「戦闘の意思はない、と?」


「あぁ」


「分かった。

 もう少し待て。 上層部へ報告する。それと……」


「それと?」


「軍としては、貴殿を危険視している」


「……」


「だが、貴殿は同胞を助けてくれた。

 私は、同胞を見捨てたくない」


「……」


「だから、貴殿を悪いようにはしない」


監察官は扉へ向かいながら、足を止めた。


「なお、処遇が決定するまで――」


振り返る。


「要監視対象と、させてもらう」


沈黙。


「監視任務は、カイムに担当させる」


「……」


「常時同行。単独行動は禁止。責任は全てカイムが負う」


「……カイムも運がないな」


「貴殿が言うな」


監察官は去っていった。


扉が閉まる。


鍵の音が、静かに響いた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




軍本部・上層会議室——


重厚な扉の内側では、

数名の将官が円卓を囲んでいた。


机上には、報告書が積まれている。


ある将官が、最初の一枚を開いた。

そこには、簡潔な評価が記されていた。




★―――――★


【暫定軍事評価】


対象:イロハ(人間)


危険度:高

制御性:低

利用価値:極大


★―――――★




沈黙が落ちる。


「……厄介だな」


一人が口を開いた。


「前例がない」


別の将官が頷く。


「戦闘能力は明確に脅威水準。だが敵対意思は確認されず」


「むしろ同胞の救助を優先」


「輸送隊の士気向上にも寄与」


再び沈黙。


やがて、最年長の将官が低く言った。


「問題はそこではない」


全員の視線が集まる。


「奴は“何を目的にしている”か、だ」


書類が一枚、机の中央へ滑らされた。

そこには補足報告が記されている。




興味対象:食文化




若い将官が思わず呟いた。


「……それだけか?」


「それだけだ」


「信じろと?」


「信じる必要はない」


最年長の将官は指を組む。


「だが、否定も出来ない」


再び沈黙。


ある将官が、別の報告書を開いた。




★―――――★


【試食報告書】


対象:アイアン・パスティ

担当:第三輸送隊隊長


■栄養価

→ 高

→ 長時間行軍に適性あり


■兵站適性

→ 保存性:極めて高

→ 携行性:良好


■総合評価

→ 兵士の士気を著しく高める食料

→ 正式採用により士気向上の可能性あり


★―――――★




「行軍食の改良提案……

 これが事実なら、兵站に革命が起きる」


「同時に、軍規を揺るがす」


「規律よりも、腹が満たされた兵の方が強い事もある」


誰も即答しなかった。


最年長の将官が、静かに結論を下す。


「少し……泳がせてみるか」


全員が顔を上げる。


「城下までの行動範囲を許可。

 監視は継続。それと……カイムにも監視をつけろ」


一拍。


「その上で――利用価値を検証する」


彼は報告書を閉じた。


「敵か味方かではない」


静かに告げる。


「国家にとって、害悪かどうかだ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




監察棟の部屋——


早速の同行監視で、カイムも同室にいる。


俺は寝台へ寝転び、ぼんやりと天井を見上げていた。


「なあ」


「何だ」


カイムは椅子に座ったまま答える。


「この軍の食堂、行けないか?」


「……は?」


「兵の食事は……

 いや、公共の食事はその国の基準だろ?」


カイムは数秒、黙った。

そして、呆れたように笑う。


「……お前らしいな」


「唯一の楽しみだ」


俺は目を閉じた。


「戦は人を殺す技術だ。

 だが飯は、人を生かす技術だ」


静かな声だった。


「俺は、後者の方が好きだ」


カイムは返事をしなかった。


ただ、窓の外へ目を向ける。


鉄格子越しに見える空は、広く、そして重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ