【第4部】第6話 本国
輸送隊の隊列が、
本国の外郭門を潜ったのは、薄曇りの昼だった。
石造りの城壁は高く、そして分厚い。
長年の戦と歴史が積み重なったような、
重圧にも似た威厳がある。
門兵たちが、一斉に槍を立てた。
「輸送隊、帰還!」
隊長の声に、整然とした敬礼が返る。
だが――
その視線のいくつかは、
荷車の中央にいるイロハへ向けられていた。
好奇——
警戒——
そして、測るような静かな視線。
イロハはそれに気付きながらも、特に反応しない。
ただ空を見上げ、小さく呟いた。
「……都会だな」
「感想がそれか」
隣で、俺は呆れたように返す。
「壁が高い。人が多い。石の匂いが濃い。十分都会だ」
「なぜそれで都会なのか……俺にはよく分からん」
「分からなくていい」
イロハは肩を竦めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
隊列はそのまま、
市街地へは入らなかった。
中央通りを避け、
軍専用の搬入路へ進んでいく。
兵舎群。
鍛錬場。
武具庫。
そして――
監察棟。
石造りの建物は簡素だが、妙に静かだった。
人の往来はある。
なのに、笑い声がない。
輸送隊の隊長が足を止める。
「ここから先は、軍監察の管轄だ」
カイムが軽く頷いた。
「了解しました」
隊長はイロハを一瞥する。
「悪く思うな。規則だ」
「気にしてない」
イロハはあっさり答えた。
「飯は出るか?」
隊長が、一瞬だけ固まる。
「……出る」
「なら問題ない」
隊長は小さく息を吐いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
案内された部屋は、妙な造りだった。
牢ではない。
だが、客室とも違う。
簡素な寝台。机。椅子。
窓には鉄格子。
ドアも窓も、外鍵式だ。
イロハは室内を一周すると、窓際へ腰を下ろした。
「軟禁……ってやつか」
「言い方を選べ」
俺は眉を寄せる。
「待遇は悪くないだろう」
「待遇はな」
イロハは窓の外を見たまま続けた。
「問題は、“扱いが決まってない”ことだ」
「……」
「カイム、任せたぞ」
「……ハァ」
俺は、ため息を一つついた。
取り調べは、別々に行われた。
俺は個室の椅子に腰掛け、目の前の監察官と向き合う。
「カイム殿。よくご無事で」
「あいつのお陰です」
年配の男だった。
無駄のない姿勢。
感情を見せない目。
監察官は静かに書類を開く。
「確認する」
低い声だった。
「人間領内で探索活動――」
「冒険者に襲われ――」
「廃村に身を隠す――」
「例のイロハという人間に助けられる――」
「その後、別々に行動――」
「捕縛されるが、イロハに助けられる――」
「我々の食文化に興味があった――」
「二人でこの国まで密入国――」
監察官が視線を上げる。
「……ここまで、合っているか?」
「はい」
「その後は報告書の通り、
監視塔にて料理の提供……行軍食の提案……」
「その通りです」
「だが問題は、異常なまでの戦闘能力だ」
「……」
「ただでさえ硬いシェルライノ。しかも魔素暴走型を単独撃破」
監察官の目が細くなる。
「本当に、害が無いと言えるのか?」
「奴は、ほとんどの興味が“食”です」
――それと……多分、子供好きだ。
「人間領にいた時も、相手を攻撃していた記憶はない」
――副助祭には、心理的に攻撃してたけどな。
「もし奴が力を行使する時は……
奴自身に火の粉が降りかかった時と、助けを求められた時だけだと」
「ふむ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺は個室で暇を持て余していた。
カイムは誰かに呼ばれ、部屋を出て行った。
たぶん……取り調べだろう。
――そろそろ、俺の番か?
コンコン、とノック音。
扉が開いた。
「失礼する」
俺の取り調べが始まった。
「貴殿は自らを“異国の料理人”と名乗った。間違いないか?」
「間違ってはいない」
「では、戦闘能力について説明を」
俺は少しだけ首を傾げた。
「どこまでを戦闘能力と呼ぶ?」
監察官の眉が、わずかに動く。
「輸送隊の被害報告書には、
『単独で魔素暴走型シェルライノ撃破』と記されている」
「ライノ……
あぁ、サイか。それは事実だ」
「兵としての訓練歴は?」
「ない」
「所属組織は?」
「ない」
「戦闘意思は?」
「ない」
「貴殿は、どの国家に帰属意識を持つ?」
「帰属意識?特にない」
「人間とカイム。争いの場面でどちらを優先する?」
「助けを求められた方」
「最も信頼している人物は?」
「仙石権兵衛」
「……その人物は?」
「死ななかった武将だ」
「……?」
監察官が僅かに首を傾げる。
「命と正義、どちらを優先する?」
「生き残る可能性が高い方」
「何を与えられれば協力する?」
「美味い飯」
間髪入れずに答えた。
監察官は、静かに書類を閉じる。
その指先が、わずかに止まった。
「矛盾している」
沈黙が落ちる。
「してない」
俺は淡々と言った。
「生き残る事を優先してるだけだ」
部屋に、再び静寂が落ちた。
「……戦いは好きか?」
「どちらかと言うと……戦う準備段階が好きだ」
「準備?」
「あぁ。戦闘を理屈で考える。
こうやればこうなる、こうすればああなるってな……
それを思考するのは、案外、楽しんでるのかもしれない」
監察官は目を細めた。
「戦闘の意思はない、と?」
「あぁ」
「分かった。
もう少し待て。 上層部へ報告する。それと……」
「それと?」
「軍としては、貴殿を危険視している」
「……」
「だが、貴殿は同胞を助けてくれた。
私は、同胞を見捨てたくない」
「……」
「だから、貴殿を悪いようにはしない」
監察官は扉へ向かいながら、足を止めた。
「なお、処遇が決定するまで――」
振り返る。
「要監視対象と、させてもらう」
沈黙。
「監視任務は、カイムに担当させる」
「……」
「常時同行。単独行動は禁止。責任は全てカイムが負う」
「……カイムも運がないな」
「貴殿が言うな」
監察官は去っていった。
扉が閉まる。
鍵の音が、静かに響いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
軍本部・上層会議室——
重厚な扉の内側では、
数名の将官が円卓を囲んでいた。
机上には、報告書が積まれている。
ある将官が、最初の一枚を開いた。
そこには、簡潔な評価が記されていた。
★―――――★
【暫定軍事評価】
対象:イロハ(人間)
危険度:高
制御性:低
利用価値:極大
★―――――★
沈黙が落ちる。
「……厄介だな」
一人が口を開いた。
「前例がない」
別の将官が頷く。
「戦闘能力は明確に脅威水準。だが敵対意思は確認されず」
「むしろ同胞の救助を優先」
「輸送隊の士気向上にも寄与」
再び沈黙。
やがて、最年長の将官が低く言った。
「問題はそこではない」
全員の視線が集まる。
「奴は“何を目的にしている”か、だ」
書類が一枚、机の中央へ滑らされた。
そこには補足報告が記されている。
興味対象:食文化
若い将官が思わず呟いた。
「……それだけか?」
「それだけだ」
「信じろと?」
「信じる必要はない」
最年長の将官は指を組む。
「だが、否定も出来ない」
再び沈黙。
ある将官が、別の報告書を開いた。
★―――――★
【試食報告書】
対象:アイアン・パスティ
担当:第三輸送隊隊長
■栄養価
→ 高
→ 長時間行軍に適性あり
■兵站適性
→ 保存性:極めて高
→ 携行性:良好
■総合評価
→ 兵士の士気を著しく高める食料
→ 正式採用により士気向上の可能性あり
★―――――★
「行軍食の改良提案……
これが事実なら、兵站に革命が起きる」
「同時に、軍規を揺るがす」
「規律よりも、腹が満たされた兵の方が強い事もある」
誰も即答しなかった。
最年長の将官が、静かに結論を下す。
「少し……泳がせてみるか」
全員が顔を上げる。
「城下までの行動範囲を許可。
監視は継続。それと……カイムにも監視をつけろ」
一拍。
「その上で――利用価値を検証する」
彼は報告書を閉じた。
「敵か味方かではない」
静かに告げる。
「国家にとって、害悪かどうかだ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
監察棟の部屋——
早速の同行監視で、カイムも同室にいる。
俺は寝台へ寝転び、ぼんやりと天井を見上げていた。
「なあ」
「何だ」
カイムは椅子に座ったまま答える。
「この軍の食堂、行けないか?」
「……は?」
「兵の食事は……
いや、公共の食事はその国の基準だろ?」
カイムは数秒、黙った。
そして、呆れたように笑う。
「……お前らしいな」
「唯一の楽しみだ」
俺は目を閉じた。
「戦は人を殺す技術だ。
だが飯は、人を生かす技術だ」
静かな声だった。
「俺は、後者の方が好きだ」
カイムは返事をしなかった。
ただ、窓の外へ目を向ける。
鉄格子越しに見える空は、広く、そして重かった。




