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【第4部】第5話 鉄の行軍食

輸送隊は、正午前に一度足を止めた。


街道脇に広がる低地。

枯れ草が風に揺れている。


「休憩だ!」


隊長の声が響き、

兵たちが一斉に荷を下ろした。


馬が鼻を鳴らす。

革と汗の匂いが、空気に混じっていた。


俺は馬車から降りる。


腹が鳴った。


「飯の時間だ」


カイムが隊員から袋を受け取り、

一つをこちらへ放ってよこす。


受け取る。

中を覗く。


乾パン――

塩蔵肉——

固そうなチーズ――

豆——

革袋入りのワイン――


「……」


乾パンを一枚取り出す。


軽く叩く。


カンッ――


「石か?」


「違う。主食だ」


カイムが即答した。


俺は歯を立てる。


ガキッ――


「……」


「どうだ?」


「……」


俺は乾パンを見つめた。


周囲では、兵たちが慣れた手つきで、

乾パンを割り、ワインを含み、塩肉を噛み、黙々と食べている。


誰も文句は言わない。


だが――

誰一人、 嬉しそうではなかった。


俺は、もう一度乾パンを見る。


「……こんなんで兵が戦えるか」


カイムが肩をすくめた。


「これで戦ってきた歴史がある」


「効率が悪い」


「しかしだな……」


「歴史は、今をより良くするために使うもんだ」


「……本音は?」


「俺の胃袋が拒否してる」


俺は立ち上がった。


周囲の兵が視線を向ける。


「おい、隊長」


馬の手入れをしていた隊長が振り返る。


「なんだ」


「料理番の兵士を呼べ。俺が教えてやる」


沈黙。


隊長の眉が、わずかに動いた。


「……何をだ?」


「行軍食の改良だ」


「必要ない」


即答だった。


「兵はこれで動ける」


俺は乾パンを掲げる。


「“動ける”と“戦える”は違う」


空気が張った。


カイムが口を開く。


「監視塔でこいつが料理を作ったと、報告していたはずだが?」


隊長がカイムを見る。


「……聞いた。だが、証拠がない」


「なら、砦へ戻って確認した方がいい。

 ついでに……こいつが無害かどうかもな。

 ここにいる時点で、結果は見えてると思うが」


「……」


俺は肩越しに言った。


「毒を心配するなら、兵を見張りにつけろ。

 それもダメなら、俺は口だけ出す。

 作るのは料理番の兵士だ」


隊長は数秒考えた。


それから、小さく舌打ちする。


「……料理番!」


荷車の陰から、若い兵士が慌てて駆け寄ってきた。


「は、はい!」


「こいつの話を聞け。材料は支給分から使え」


兵士は俺を見る。

明らかに困惑していた。


「よろしくな」


「いえ……あの、料理、できるんですか?」


「普通だ」


「え?」


「だが、考えるのは得意だ」


俺は地面に腰を下ろした。


乾パンを指で叩く。


「まずこれ。そのまま食うのは非効率だ」


「は、はい」


「ワインと……ビネガーはあるか?」


「リンゴなら……」


「持ってこい」


兵士が走る。


周囲の兵たちが、少しずつ集まり始めた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「潰せ」


俺は言った。


兵士は戸惑いながら、 乾パンを木鉢へ入れる。


ワインとビネガーを注ぐ。


「もっと」


「こ、これ以上入れると――」


「いいから」


兵士は注いだ。


乾パンが、ゆっくり崩れていく。


「それを練れ」


「練る……?」


「粘りが出るまで」


兵士は両手でこね始めた。


「次は豆だ。潰して混ぜろ」


「え、豆を?」


「砕け」


別の兵が、石で豆を潰し始める。


「蜂蜜も少し入れるぞ」


「甘くするんですか?」


「粘結剤だ」


兵士は無言で混ぜた。


やがて。


「……団子みたいになりました」


「いい感じだ」


俺は頷く。


「次。ニンニクを刻め」


「は、はい」


「玉ねぎも」


鉄板を火元へ置き、 ラードを落とす。


ジュッ――と音が立つ。


ニンニクと玉ねぎを入れる。

香りが立ち始めた。


兵たちの腹が鳴る。


「塩肉は刻め。塩抜きは済ませろよ――」


「セージ入れろ――」


「蜂蜜はほんの少し――」


「マスタードシードは潰すな。そのままだ――」


鉄板の上で、 油と肉汁が混ざる。


匂いが――変わった。


兵たちが、 完全に作業を止める。


「……いい匂いだな」


誰かが呟いた。


「当たり前だ」


俺は鉄板を見ながら言う。


「臭いは脳を起こす。起きた脳は味を覚える。

 その味で、栄養を覚えろ」


料理番の兵士がこちらを見る。


「次は?」


「包め」


兵士は生地を手に取った。


平たく伸ばす。


肉とチーズを乗せる。


もう一枚で覆う。


ラグビーボール型に整える。


「表面にラードを塗れ」


兵士が塗る。


「焼け」


鉄板へ置く。


じっくり転がす。


やがて、

表面が黄金色に変わった。




カリッ――




皮が鳴く。


俺は兵士へ顎で指示した。


兵士はその一つを割る。


湯気が上がる。

肉汁が滲む。


沈黙。


「……食え」


兵士が恐る恐る齧った。


次の瞬間、

目が見開かれる。


「美味い!」


「だろ?行軍中も食えるだろ?」


「……歩きながら食えます。

 それに……温かい飯が行軍中に食えるなんて……」


「手も汚れないしな?」


「腹にも溜まります……!」


周囲がざわつく。


一人、また一人と、

兵たちが列を作り始めた。


料理番の兵士が必死に手を動かす。


食い終わった兵士が、今度は手伝いへ回る。


途中で一つ、形が崩れた。

中身がはみ出す。


「……くそ」


兵士が歯を噛む。


俺は笑った。


「押さえろ。端を折り込め。逃げ道を塞げ」


「……はい!」


兵士がもう一度成形する。


今度は、崩れない。

焼き上がる。


兵たちが歓声を上げた。




俺は腕を組む。


「おい、お前」


料理番の兵士が振り向く。


「覚えたな?」


「……はい」


「名前は――」


少し考える。


「軍らしくいくか」


兵たちが静かに聞いていた。


「アイアン・パスティだ」


「アイアン……」


「次からこれ作って食わせてやれ」


兵士は深く頷いた。


「了解しました!」


隊長が腕を組んで見ていた。


「……出発するぞ」


「おい、待て」


俺は隊長を呼び止める。


「隊長にも持っていけ」


料理番の兵士は、恐る恐る隊長へ差し出した。


「アイアン・パスティ、です」


隊長は無言で受け取る。


兵たちが散っていく。


だが、 空気は明らかに軽かった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




俺は馬に跨り、馬車の横を並走していた。


乾いた風が外套を揺らす。


片手には、例の食い物。


――アイアン・パスティ……と言ったな。


後ろを振り返る。


兵たちが歩きながら、焼き包みを齧っている。

笑っている者すらいた。


「……」


俺は一口齧る。


――美味いな。


小さく息を吐く。


『食事の質は、士気と行軍速度に直結する』

それを理解している将は多い。


だが、改善した者は少ない。


視線を前へ戻す。

馬車の中。


あの人間が、ぼんやりと拳を見つめていた。


「……面白いことをする」


あの魔法——

あの戦い方——

それに、このアイアン・パスティ――


完全に安全とは言い切れない。


だが――


「……礼代わりに、少し口添えしてやるか」


俺は残りの、

アイアン・パスティを 口へ放り込み、手綱を引いた。


隊は再び、 街道を進み始める。


空は、高かった。

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