【第4部】第4話 氷塊と思考
輸送隊の準備が、静かに進んでいた。
倒された硬殻種の処理は終わり、
兵たちは馬車の車輪や荷を確認している。
湿った風が、草を撫でた。
俺は、街道脇に立っていた。
サイのような魔物を倒した――あの瞬間。
頭の奥に、何かが流れ込んできた。
構造——
形——
流れ――
熱の移動——
「……」
「どうした?」
隣に来たカイムが声をかける。
「……新しい魔法、覚えたみたいだ」
「何の魔法だ?」
俺は少しだけ考えた。
「氷……か?」
言葉を探しながら続ける。
「アイスショット……そんな感じがする」
カイムが眉を上げた。
「試すのか?」
「まぁな」
俺は前へ出る。
右手を軽く振った。
「――アイスショット」
空間が、わずかに歪む。
次の瞬間――
ゴゴ……ッ
巨大な氷塊が、
空間を押し割るように現れた。
「ぅお!?」
思わず声が漏れる。
人の胴体ほどもある氷塊が、
空中に浮かんでいた。
「でか……」
俺が魔力制御を切ると、
氷塊はそのまま落下した。
ドォン――!!
地面が揺れる。
輸送隊の兵たちが、
一斉にこちらを振り向いた。
沈黙。
カイムが氷塊を見る。
「……アイスショットは普通、
そんなに大きくない」
「そうなのか?」
「あぁ。
……まぁ、“タメ”れば話は別だが」
「タメ?」
「初級魔法で唯一、
出力を蓄積できる魔法だ」
「へぇ」
カイムは小さく肩をすくめる。
「まぁ……出力調整ができないお前だ。
“タメ”に関係なく、急に全開なんだろう」
俺は氷塊へ近づいた。
表面を指でなぞる。
冷たい。 澄んでいる。
「……」
舌を伸ばしかけた瞬間。
「おい、食うな」
カイムの声が低くなる。
「ん?」
「魔素が混じってる。
生成環境によっては腹を壊すぞ」
「……そういうもんか」
「そういうもんだ」
俺は氷塊を軽く叩いた。
――硬いな。
そして、 ほとんど溶ける気配がない。
カイムが小さく呟く。
「その魔法……保存が効く」
「保存?」
「あぁ。氷は魔力を解除しても消えない。
溶けるまで残る」
「……なるほど」
俺は顎に手を当てた。
その様子を、
輸送隊の兵たちが遠巻きに見ている。
一人が小声で呟いた。
「……あれを食おうとしたのか」
「やめろ、聞こえる」
「いや、聞こえてもいいだろ……」
隊長らしき男が咳払いした。
「……お前たち」
俺たちに歩み寄る。
「本国へ向かうなら、同行するか?」
カイムが答える。
「助かる。こいつを輸送する任務もある」
隊長は俺を見た。
警戒。 評価。 困惑。
全部が混ざった視線だった。
「……暴れるなよ」
「暴れたのは、あの魔物だ」
隊長は深くため息を吐く。
「乗れ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
馬車が街道を進む。
荷台の中には、乾いた草の匂いが満ちていた。
向かいにはカイム。
俺はぼんやりと、荷台の天井を見上げていた。
――内部破壊。
さっきの戦闘が、頭の中で何度も再生される。
硬殻種。
外殻は無傷。
だが、倒れた。
「……」
衝撃は、外ではなく――中へ入った。
拳を握る。
思考が勝手に進み始める。
――ゼロ距離で、
――他の魔法を撃ったらどうなる?
火は、熱移動。
なら、ゼロ距離で撃てば――
内臓組織の溶解。
氷は?
熱を奪う現象なら――
急激な熱奪取。細胞内凍結。
風は……
流体の加速。
局所的な急減圧。
臓器破裂。
水は圧縮できない。
衝撃は、そのまま内部へ伝達される。
血管破裂。 脳震盪。
関節に撃てば――脱臼や靭帯断裂。
「……」
息を吐く。
そして思い出す。
ゼロ距離バースト――
焼けた皮膚——
折れた指——
「……」
成功率——
再現性——
回復までの時間——
頭の中で、淡々と計算する。
結論は、すぐ出た。
「……復帰できる保証がない技は、
戦術じゃない」
小さく呟く。
カイムが片眉を上げた。
「何か言ったか?」
「いや」
俺は腕を組む。
「戦闘の時は……お前を計算に入れるぞ?」
カイムが苦笑した。
「無茶するから、
回復頼むってことだな。はいはい」
「頼む」
「断る理由がない」
馬車が揺れる。
外では、兵たちの足音が続いていた。
俺は拳を見つめる。
――ゼロ距離魔法……
強い。
だが――
戻れなくなる。
「……封印だな」
小さく呟く。
――条件付き、か。
理由がある時だけ。
それ以外では――使わない。
馬車の軋みが、 静かに響く。
遠くで、 空が少しだけ明るくなっていた。




