【第4部】第3話 硬殻
街道は、思っていたより整備されていた。
石を均しただけの簡素な道。
だが、轍は深い。
軍や物流が、
頻繁に通っているのが分かる。
空は灰色。
湿った風が、低く流れていた。
俺とカイムは、その道を並んで歩いていた。
「……で?」
俺が口を開く。
「後方支援部隊ってのは、
具体的に何をしてるんだ?」
カイムは少しだけ考え、答えた。
「補給、回収、探索……
戦場に出ない代わりに、戦場を支える」
「ほぅ」
「遭難者の捜索も、その一つだ」
俺は横目でカイムを見る。
「……お前が廃村にいた理由か」
「あぁ」
短く頷く。
「魔族が行方不明になる原因は様々だ。
戦闘、事故、拉致……」
一瞬だけ、沈黙が落ちた。
「俺は、行方不明になった隊員を探していた」
「見つかったのか?」
「……見つからなかった」
その声は、淡々としていた。
「その帰路で、人間の冒険者に遭遇した」
俺は眉を上げる。
「で、あの怪我か」
「数で押された。
退却して、廃村に隠れた」
少しだけ苦笑する。
「……そこで、お前に会った」
「なるほどな」
その時だった。
ガサッ――!
街道脇の林が揺れる。
カイムの羽が、わずかに広がった。
「来るぞ」
次の瞬間。
灰色の影が飛び出す。
狼型の魔物。
三体。
「任せろ」
俺は一歩踏み出した。
――足裏魔法ダッシュ。
瞬間的に間合いを詰め、拳を叩き込む。
鈍い感触。
すぐに再加速。
即離脱。
「……硬いな」
二体目が飛び掛かる。
再び足裏魔法ダッシュ。
急接近。
身体を捻り、肘を叩き込む。
骨に響く感触。
三体目が真横から飛びかかってきた。
離脱は間に合わない。
牙を腕で受け流し――
足指で魔法射出数を調整。
床反力を作る。
その勢いで、顎を殴り抜く。
魔物が転がった。
よろめく。
焦点が合っていない。
だが――
俺は手首を押さえた。
「……地味に痛い」
カイムが手をかざす。
淡い光が、手首を包んだ。
痺れが、すっと引く。
「助かる」
俺は魔物を見下ろした。
「この界隈の魔物は、随分硬いな」
カイムが頷く。
「魔素の影響だと聞いている」
「魔素?」
「魔物の生態エネルギーのようなものだ。
濃度が高いほど、肉体が強化される」
「……ふーん」
俺は顎に手を当てる。
「表面が硬くなるってことか」
「概ねそうだ」
魔物はゆっくり起き上がる。
だが、足元がおぼつかない。
「……だったら」
俺は呟いた。
「外が硬いなら、中に衝撃を通せばいい」
試しに関節部へ拳を打ち込む。
だが――
「浅いな」
拳を引いた。
「まぁ、簡単にはいかんか」
魔物は倒れた。
死んではいない。
だが、しばらく立てないだろう。
膝を脱臼させた感触が拳に残っていた。
靭帯が悲鳴を上げる、あの鈍いズレ方。
俺達は再び歩き出す。
しばらくして、
遠くから、金属音が聞こえた。
怒号——
悲鳴——
カイムが空を仰ぐ。
「軍輸送隊だ」
俺達は駆けた。
視界が開けた瞬間――
それは、いた。
巨大な影。
サイに似た体躯。
黒褐色の装甲じみた皮膚。
異様に膨張した角。
軍馬が倒れている。
兵が弾き飛ばされている。
「下がれ!硬殻種だ!!」
兵の叫びが響いた。
魔物が咆哮する。
地面が震えた。
「……あれは」
カイムの声が低くなる。
「魔素暴走個体だ」
「危険度は?」
「第一団出動レベルだ」
「なるほど」
俺は首を回した。
「なら、止めるしかないな」
「待てイロハ――」
もう遅い。
――足裏魔法ダッシュ。
魔物の側面へ滑り込む。
拳を叩き込む。
衝撃が、腕を逆流した。
「……効いてねぇな」
角が振り抜かれる。
身体を沈めて回避。
即離脱。
再加速。
至近距離へ踏み込み、
二本指にウィンドカッターを発動。
――斬撃ならどうだ!?
刃が弾かれた。
「マジか」
離脱。
次を叩き込む。
――ファイアーボール!
炎は皮膚を舐めるだけで消えた。
――ウォーターボール!
衝撃が散る。
――バーストならどうだ!?
爆発が煙を上げる。
だが――
無傷。
魔物の瞳が、俺を捉えた。
突進。
地面が裂ける。
俺は横へ跳ぶ。
着地の瞬間、理解した。
――外殻が衝撃を逃がしてる。
拳が跳ね返る感触。
圧が滑る。
まるで、
殻そのものが、衝撃を流している。
拳を握る。
「だったら……」
魔物が再び角を振り上げた。
俺は正面から踏み込む。
「ゼロ距離だ!!」
――足裏魔法ダッシュ。
一瞬で懐へ潜り込む。
装甲に触れる、その瞬間。
――バースト!!
爆発が、密着状態で発生した。
反作用。
――くっ!!
身体が吹き飛びそうになる。
足裏魔法を連続噴射。
ベクトルを殺す。
衝撃が腕を伝い――
魔物の内部へ叩き込まれる。
鈍い音——
魔物の動きが止まった。
数歩、よろめく。
外傷はない。
だが――
口から黒い血が流れていた。
沈黙が落ちる。
兵達は動かない。
そして――
魔物は倒れた。
俺は拳を見つめる。
「……なんだ、今のは?」
カイムがゆっくり近付く。
倒れた魔物を確認し、小さく息を吐いた。
「……内部破壊だ」
「内部?」
「魔素循環が乱れたはずだ。
通常の攻撃では起きない」
俺は腕を振る。
「魔素循環はよく分からんが……
外じゃなくて、中に圧が逃げたってことか」
カイムは黙った。
そして、
「……魔族でも、やらない戦い方だ」
「まぁ……
内臓破壊なんて思いついてもやらんよ、普通」
俺は苦笑した。
「……見てみろ、この腕。
スッゲー痛いぞ」
右腕の皮膚はただれ、
中指と薬指は、明後日の方向を向いていた。
「……腕を貸せ」
「助かる」
カイムが回復魔法をかけている間に、
兵達が恐る恐る近付いてくる。
一人が、震えた声で言った。
「……お前……何者だ?人間、だな?」
俺は肩をすくめる。
「絶賛連行されてる人間だ」
沈黙。
カイムが額を押さえた。
「失礼。俺は後方支援部隊のカイムだ。
現在、こいつを本国へ輸送中だ。
貴殿達が危険な状況だったため、
こいつを動かした。
心配かけたが、問題ない」
カイムの説明を横目に、
俺は倒れた魔物を見下ろした。
風が、死骸の装甲を撫でる。
――この世界は……
思っていたより、随分と硬そうだ。




