表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/106

【第3部 幕間】第1話 観測者

白い空間だった。


床も、天井も、境界もない。

ただ、柔らかな光だけが満ちている。


その中央に、一人の少女が寝転がっていた。


金色の髪を指先で弄びながら、

退屈そうに足を揺らしている。


「……はぁ」


空間の一点が揺れる。


そこに映し出されたのは――

地上の光景だった。


孤児院。


子供達が庭を駆け回り、

兵士がそれを追いかけ、

院長が焼き小麦をひっくり返している。


少女――女神は、眉を寄せた。


「……なぜじゃ」


映像が切り替わる。


魔族の男、カイム。

笑っている。


その隣に――


「あやつは、

 なぜ魔族と並んで飯を食っておるのだ」


女神は、ゆっくりと体を起こした。


「勇者とは、

 魔王を討つ存在ではなかったのか?」


空間が揺れ、別の場面が浮かぶ。


第八部隊——

訓練——

副官——

孤児院の警備体制——

流通管理——

帳簿——

焼き小麦――


女神の頬が、わずかに引きつる。


「……焼き小麦……?」


映像が拡大される。


鉄板。山芋。粉。

子供達の笑い声。


「魔王討伐はどうした!!」


声が空間に反響する。

だが、誰も答えない。


女神は腕を組み、

しばらく無言で地上を見つめた。


「……おかしい」


小さく、呟く。


指を鳴らす。


映像が変わる。

古い記録が、空間に浮かび上がる。


勇者召喚記録。


名前。年号。結果。


女神は、ひとつずつ指でなぞった。


「……第七召喚。暴走。討伐失敗——」


「……第九召喚。精神崩壊——」


「……第十二召喚。魔王領侵入前に死亡——」


淡々と読み上げる。


「……第十五召喚——」


指が止まる。


しばらく考えるように首を傾げ――


「……誰だったかの」


肩をすくめる。


「まぁよい。結果は同じじゃ」


視線を戻す。


地上――孤児院の庭。


子供が笑っている。

兵士が笑っている。

魔族が笑っている。

勇者が笑っている。


女神は、無表情でそれを見た。


「……あやつは」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「戦争を終わらせる方向に動いておる」


空間が、わずかに暗くなる。


「それは困る」


即答だった。


女神は立ち上がる。


空間の奥に、

巨大な水晶のような構造体が浮かんでいた。


内部で、淡い光が脈動している。


女神はそれに触れる。

光が、わずかに弱まった。


「……減っておるな――」


指先に浮かんだ粒子が、ゆっくりと消えていく。


「――魔素」


その言葉を、愛おしむように呟く。


「自然が生み、

 感情が増幅し、

 生命が循環させる力……」


水晶の奥に、赤黒い霧が流れている。


「魔族は消費する――」


「人間は生産する――」


一拍。


「そして妾は――」


わずかな沈黙。


「蓄える」


水晶の光が、さらに弱まる。


女神の瞳が細くなる。


「魔族が増えれば、魔素は奪われる。

 戦争が止まれば、感情の濃度は下がる」


地上の映像を見下ろす。


孤児院。笑顔。穏やかな日常。


「……あの空気は、魔素が薄い」


吐き捨てるように言った。


女神は、ゆっくり息を吐く。


「やはり……思想を植え付けねばならぬか」


指を鳴らす。


新たな魔法陣が空間に展開される。


複雑な紋様。召喚式。


「勇者とは――」


静かに、言った。


「魔王を討つ存在でなければならぬ」


光が集まる。


魔法陣が回転を始める。


「……あやつは、異常じゃ」


孤児院の映像を見つめる。


「魔族と飯を食い……

 軍と手を組み……

 戦争を回避しようとしておる。

 ——放置すれば、」


唇が、わずかに歪む。


「均衡が崩れる」


魔法陣の中心に、黒い穴が開いた。


「ならば」


静かな宣言。


「新たに召喚する」


光が爆ぜる。


「より素直で、

 より純粋で、

 より“勇者らしい”存在を」


魔法陣が、さらに輝きを増す。


「……魔王討伐せねば」


その声が、かすかに揺れる。


「妾の命が――……」


言葉が途切れる。


沈黙。


女神は、すぐに笑顔を作った。

軽く、愛らしく、無邪気な笑み。


「さて♡」


魔法陣の奥へ手を伸ばす。


「次は、どんな子が来るかのぅ」


光が、世界を貫いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ