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【第3部】第30話 旅立ち

孤児院の庭は、

いつもより少しだけ騒がしかった。


兵士達が木箱を運び、

子供達がその周りをうろつき、

院長が何度も人数を確認している。


その中心で――

俺は腕を組んで立っていた。


「……本当に、背に乗らんのか?

 飛べばすぐだぞ?」


カイムが、呆れた顔で言う。


「断る」


即答した。


「落ちる」


「落とさん」


「信用が無い」


「お前な……」


カイムが深くため息をつく。


「では、抱えて飛ぶ」


「もっと断る」


「なぜだ」


「尊厳の問題だ」


カイムはしばらく黙り――

やがて首を振った。


「面倒な人間だ」


「褒め言葉として受け取っておく」


そのやり取りを、

後ろから聞いていた部隊長が肩を揺らして笑った。


「見ていられん」


俺達は振り返る。


部隊長は懐から、一通の書面を取り出した。


「港町グランディオまでの通行許可と、

 軍用輸送船への同乗許可だ」


院長が目を丸くする。


「港町……?」


「魔族領の国境、ぎりぎりまで出せる」


部隊長は俺を見る。


「そこから先は――」


「自分達で何とかしろ、だろ?」


「理解が早くて助かる」


俺は紙を受け取り、軽く眺めた。


「……助かる」


「最後の仕事だ」


部隊長は短く言った。


「第八部隊は、ここまで面倒を見る」


一瞬だけ、静寂が落ちた。


風が吹き、

庭に干してある布が揺れる。


その向こうで――

子供達が、こっちを見ていた。




「……イロハのおじちゃん」


小さな声だった。


最初に会った兄妹だった。


妹が、一歩前に出る。


「ありがとう」


兄も続いた。


「いっぱい、ご飯食べさせてくれて」


俺は二人を見る。


少し考えて、肩をすくめた。


「腹いっぱい食え」


子供達が、きょとんとする。


「腹が膨れれば、未来は広がる」


俺は続ける。


「強い人間になれ」


妹が、小さく頷いた。


院長が静かに歩み寄ってきた。


両手に、小さな袋を持っている。


「……イロハさん」


「ん?」


「何から何まで、ありがとうございました」


院長は袋を差し出した。


「副助祭から返金された分です」


俺は袋を受け取り、中を覗く。


金貨が、何枚か光っていた。


少しだけ考え、正直に言った。


「……いいのか?」


「はい」


「正直言うと」


俺は袋を軽く揺らした。


「持ち金、あと銀貨三枚しかない」


院長が、思わず吹き出した。

部隊長は額を押さえた。


「……最後の最後ぐらい、格好つけろ」


「無理だ」


即答した。


「金運SSのスキルがあるから、

 何とかなるとは思うが……」


袋を腰に下げる。


「手持ちが無いのは、普通に不安だ」


横でカイムが、微妙な顔をした。


独り言のように呟く。


「……金運SSって……確か……」


だが、俺には何も聞こえなかった。




「また来てくれる?」


今度は、別の子供が言った。


俺は少しだけ空を見上げてから、答えた。


「俺が食いたいから来る」


子供達が笑う。


俺は続けた。


「それと」


庭の調理場を見る。


「焼き小麦の正式名称は――」


一拍。


「お好み焼き、だ」


院長が目を瞬かせる。


「好きな物を、色々突っ込んで焼け」


子供達の目が輝いた。


「次、来た時……」


俺は言う。


「お前達が、

 一番美味いと思った物を食わせてくれ」


「うん!!」


元気な声が、庭に響いた。




出発の時間が来た。


兵士達が整列する。

部隊長が、短く敬礼した。


「第八部隊軍師、リーフ殿」


「やめろ、くすぐったい」


「形式だ」


「面倒だ」


「慣れろ」


俺達は、同時に笑った。


孤児院の門を出る。


振り返ると――


子供達が手を振っていた。

院長が静かに頭を下げていた。

兵士達が、少し誇らしげに立っていた。


煙が、庭の調理場から上がっている。


その煙を見て、俺は背を向けた。




「院長先生!今日の具、何入れるー?」


遠くから声が聞こえる。


院長が笑う。


「今日はね……好きな物を入れてみよう」


「チーズ!!」


「肉!!」


「両方!!」


笑い声が、風に乗って耳に届く。




俺は前を向いた。

カイムが、隣を歩く。


「……人間は、変わった生き物だな」


「そうか?」


「敵も味方も、よく分からん」


俺は、少し考えてから言った。


「腹が減る生き物だ」


カイムは、少しだけ笑った。


「おい、カイム」


「なんだ?」


「港町だろ?煮付けあるか?」


「煮付け?なんだそれは?」


「美味いぞ。

 醤油というサラサラしたソースと、

 生姜をだな――」


港町へ続く街道。


空は、よく晴れていた。


だが――


高い雲が、ほんの一瞬だけ歪んだ気がした。


誰も気づかないほど、わずかに。


風が吹き抜ける。


俺達は歩き続けた。


次に食う飯を探すために。




【第三部 完】



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

「この構造、ちょっと面白いな」と思ったら、


ブックマークや評価で教えてもらえると嬉しいです。

今後の展開設計の参考にさせてもらいます。

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