【第3部】第29話 第八部隊
孤児院の門前に、軍馬が並んでいた。
鎧の装飾は、副官のそれより一段重い。
整備の行き届いた革具。
静かな威圧感を纏う隊列。
その中央に立つ男を見て、副官は背筋を伸ばした。
「第八部隊部隊長、到着しました」
部隊長は短く頷き、孤児院の建物を見上げる。
「……報告書は読んだ」
「はい」
「だから来た」
それ以上は言わず、長官は院内へ歩き出した。
院長室——
院長、部隊長、そして俺とカイムが向かい合って座っていた。
部隊長はカイムをチラッと見た後、
机の上に置かれた紙を一瞥し、俺に向き合う。
「……保存食の話だったな」
「あぁ」
俺は布袋から粉を取り出した。
「山芋を乾燥させて粉にしたものだ」
水を加え、小麦と混ぜる。
手早く練り、薄く伸ばす。
院長が鉄板を持ってこようとしたが、俺は止めた。
「盾でも焼ける」
カイムが小さく呟く。
「……本当にやるのか」
「戦場は調理場があるとは限らん」
火をつける。
料理用の油――そんなものは行軍には邪魔だ。
代わりに干し肉を使う。
ジュっと軽い音が鳴り、香ばしい匂いが広がった。
部隊長は無言でそれを見ている。
焼き上がった生地を折り、差し出した。
部隊長は一口噛み、しばらく咀嚼する。
そして――
「……なるほど。確かに美味いな。
これが、戦場で食えるのか……」
それだけ言って、
一通の書類を掲げた。
「国家より正式に通達が出た」
その言葉に、院長は自分の手を強く握りしめた。
部隊長は姿勢を正す。
「この孤児院を、
軍管理試験区域として承認する。
“仮”は外れる」
院長の手が震える。
「……本当に……」
「警備、帳簿、流通。
すべて軍管理下で運用する」
部隊長は俺を見た。
「保存食の技術は、軍専用として段階導入する。
市場流出は禁止だ」
「問題ない」
俺は頷いた。
部隊長は、次にカイムへ視線を向けた。
「……魔族の件だ」
沈黙。
「報告書にはこうある――“ペット化”」
カイムの眉が跳ねた。
「……本当にそうなのか」
俺は肩をすくめる。
「おい、カイムが怒るぞ」
「お前が言うな」
即座に返された。
部隊長の口元がわずかに緩む。
「形式上、第八部隊特命として命令を出す」
室内の空気が少しだけ締まった。
「リーフ。
魔族国、リベルタスへの諜報活動を任せる」
カイムが俺を見る。
「その任、慎んで承り候」
「……分からん言葉はよせ」
「俺なりの敬意だぞ?」
「ふん。どうだか……
これで、堂々とリベルタスへ行けるだろ」
「あぁ。
しっかり諜報活動してくるさ」
部隊長はため息を吐いた。
「……本音は?」
「観光と飯」
「……だと思ったよ」
長官は頷く。
「だが報告書は提出しろ」
「俺は字が書けん」
即答。
長官は目を閉じた。
「……そうだったな」
「気が向いたらカイムに書かせる」
「……期待せず待っている」
夜——
街の酒場は、いつもより静かだった。
部隊長と向かい合う。
俺は木のカップを持ち上げる。
――どうもエールは好かん。
――この世界のワインも雑味が多いし……
――ウィスキーが飲みたいな
カップのエールを一口飲み、
部隊長に話しかける。
「第八部隊はどうなった」
「変わらん」
長官は杯を傾ける。
「お前が残した訓練は続いている。
片手剣部隊もな」
「そうか。副官も相変わらずだったな」
「あいつは、真面目だ」
「……あの後も、
あの戦術を受け入れているんだろ?」
「結果に関わった張本人だ。
認めざるをえんよ」
部隊長は少し笑った。
「でもな……」
「ん?」
「副官は優秀だ。
お前ほど面倒ではない」
「褒め言葉として受け取っておく」
酒を飲む。
しばらく沈黙が続いた。
「……魔族とはどこで会った」
「廃村だ」
「なぜ助けた」
俺は少しだけ考えた。
「……なぁ長官。
魔族の羽根ってどう動いてると思う?」
「はぁ?」
「肩甲骨は2枚無いとおかしい……
理屈では前鋸筋が人間と違う気がする……
例えば……」
「あー……分かった分かった。
要するに“気になったから助けた”ってことだろ?」
「その言い方は釈然としないが……
まぁそんなとこだ」
「……ちなみに孤児院は?
これも興味で手を貸したのか?」
「腹が減ってたからだ」
長官が眉を上げた。
「俺がな」
俺は続けた。
「飯を食う場所を守るには、人が必要だ。
人がいる場所には、子供がいる」
酒を置く。
「子供が生きる場所は、潰させたくない」
部隊長は何も言わなかった。
ただ静かに酒を飲む。
「……リーフ」
「なんだ」
「お前は軍人には向かん」
「知ってる」
「だが――」
部隊長は杯を置いた。
「第八部隊には必要だ」
俺は笑った。
「気が向いたら戻る」
「気が向かなくても戻れ」
短く言い切る。
外では夜風が吹いていた。
遠くで、孤児院の灯りが揺れている。
「それと――」
部隊長は少しだけ視線を外した。
「死ぬな」
「軽く言うな。
死ぬ時は死ぬもんだ」
「……」
「もし死んだら……
そうだな……石碑でも建ててもらおうか」
「……石碑?」
「“焼き小麦の伝道師”と刻んどけ。
第八部隊訓練場のど真ん中に建てろ」
「邪魔だから、勘弁してくれ」
「嫌だ。絶対遺言に書いてやる」
部隊長はため息混じりに答えた。
「善処……も、してたまるか」
酒場を出ると、
夜空には星が浮かんでいた。
孤児院の方角から、
笑い声が聞こえる気がする。
もうすぐ、ここを出る。
だが――
あの灯りは、消えないだろう。
そう思えた。




