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【第3部】第27話 庭の風景

孤児院の門の外で、

兵達が静かに持ち場についている。


槍を立て、周囲を見渡す。

視線は鋭く、動きに無駄はない。


それでも――


門の向こうから聞こえてくる声は、

訓練場とはまるで違っていた。


「いらっしゃいませー!」


「焼き小麦、できたてだよー!」


庭では、子供達が忙しそうに走り回っている。


小さな台の上に並べられた焼き小麦。

湯気が立ち、

香ばしい匂いが門の外まで流れてくる。


客に頭を下げる子。

皿を運ぶ子。

まだ言葉もたどたどしい幼い子が、

一生懸命に真似をしている。


警備に立つ若い兵の足元に、

小さな影が近づいた。


振り返ると、幼い少女が立っていた。


その手には、

丸くまとめられた焼き小麦が乗っている。


「どうぞ!」


兵は目を瞬かせた。


「……え?」


少女は満面の笑みで、

それを差し出している。


兵は戸惑いながら、

近くに立つ副官を見る。


私は無言で、ゆっくり頷いた。


兵は焼き小麦を受け取り、

少しだけ匂いを確かめる。


そして――一口かじった。


「……うまい」


思わず声が漏れる。


少女は嬉しそうに飛び跳ねた。


「ほんと!?よかった!」


兵は照れくさそうに笑い、

小さく頭を下げる。


「ありがとう」


少女は満足そうに頷き、

そのまま駆けていった。


私はその背を見送りながら、

静かに視線を庭へ戻す。


――訓練場では……あり得ない光景だ。


号令。

規律。

整列。


そこには常に「正しさ」が存在する。


むしろ、副官である私が、

そう在るべきだと思っている。


だが、この庭には――


笑い声がある。


私は、わずかに息を吐いた。


――ここは……これで良い気がする。


その時――


門の前に影が差した。


豪奢な馬車が、静かに停まる。

装飾の施された扉が開き、

年配の貴族が姿を現した。


兵達の背筋が、一斉に伸びる。

空気が、わずかに張り詰める。


だが――


庭の子供達は、まったく気にしていなかった。


一人の少年が駆け寄る。


「いらっしゃいませ!」


付き人が眉をひそめ、前に出ようとする。


「無礼だ――」


「よい」


貴族が穏やかに制した。


膝を少し折り、

少年と視線を合わせる。


「美味しいと、聞いて来たんだ。

 焼き小麦、と言ったね?

 それは、どうやって食べるんだい?」


子供に合わせた、穏やかな口調。


孤児院だからなのか。

それとも、子供好きなのか。


理由は分からない。


だが――

貴族が子供に合わせるのは、珍しい。


少年は少し考え、

得意げに答える。


「そのままでもいいし、

 ちぎって食べてもおいしいよ!」


「そうかそうか。

 では一つ、お願いするよ」


少年は頷き、

貴族の手を握って席に案内した。


付き人は困惑しているが、何も言わない。


庭には再び、

いつもの賑わいが戻った。


――この孤児院に、無礼は存在しない。

――いや、私達がさせない。




昼過ぎ――


客足が途切れ、

子供達は食事を終えて中庭に集まっていた。


皿を片付ける音。

笑いながら水を飲む声。


兵の一人が、大きく手を叩く。


「よし!みんな集合!」


子供達が振り向く。


兵は大げさに腕を広げた。


「今日は楽しく体力をつけよう!」


子供達の目が輝く。


兵は、にやりと笑った。


「私が鬼だ!捕まるなよー!!」


「きゃーーー!!」


一斉に子供達が散る。


兵は本気で走り出す。


転びそうになりながら逃げる子。

大笑いしながら追いかける兵。

それを応援する年長の子供達。


私は、その様子を腕を組んで見ていた。

隣には院長が立っている。


「……楽しそうになりましたね」


院長が静かに言う。


私は少しだけ間を置き、頷いた。


「ええ」


子供達の笑い声が、

庭いっぱいに広がっている。


兵がわざと転び、

子供達に囲まれる。


ふざけた言い訳に、

大きな笑いが重なる。


私はその光景を見つめながら、

ゆっくりと呟いた。


「……守る価値のある場所だ」


院長は何も答えず、

ただ、静かに微笑んだ。

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