【第3部】第22話 善意の帳簿
孤児院の応接室。
副助祭は、終始柔らかな笑顔だった。
「院長も、お忙しいでしょう」
丁寧な声。
角の立たない切り出し方。
「最近は出入りも多い。
帳簿管理は、なかなか大変かと……」
院長は、言葉に詰まる。
「いえ……ですが……」
副助祭は、被せるように続けた。
「子供に金銭管理を任せるのは、やはり心配です。
ここは教会として、責任を持って管理しましょう」
善意の塊のような言葉だった。
院長は――
一瞬だけ視線を落とし、小さく頷いた。
「……お願いします」
俺は、黙ってそれを見ていた。
――願ったり叶ったりだ。
何も言わない。
止めもしない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
孤児院の庭は、見違えるほど賑やかだった。
簡易の調理場。
木箱を並べただけの食事スペース。
子供達は、自然と役割に分かれている。
材料を運ぶ子。
生地を混ぜる子。
ソースを煮詰める子。
焼き場では、真剣な顔で火を見つめる子がいて。
皿を運ぶ子は、やけに胸を張っている。
「次、三枚いける!」
「熱いから気をつけて!」
冒険者達の笑い声も聞こえる。
自慢話に聞き入って、
手が止まりそうになる子もいる。
「仕事、仕事!」
そう言って、別の子が肘でつつく。
食べ方を丁寧に説明する子もいれば、
皿を運びながら誇らしげな子もいる。
院長は、少し離れた場所に立っていた。
口を挟まず、ただ静かに微笑んでいる。
応接室――
副助祭は、俺と対面に座っている。
帳簿をめくりながら、満足げだった。
「売上が、かなり伸びていますね」
指先で数字を叩く。
「教会としても、把握しておかねばなりません」
俺は、軽く頷いた。
「そうだな」
それだけ呟いた。
――存分にやれ。その方が、話が早い。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数日後……
院長は、一人で帳簿を見ていた。
眉が、わずかに寄る。
金額が合わない。
用途が曖昧な支出。
副助祭に尋ねる。
「この項目ですが……」
副助祭は、即座に首を振った。
「あり得ません。
私が管理しているのですよ?」
声は穏やかだが、断定的だった。
「間違うはずがない」
それ以上、何も言えなかった。
良くも悪くも噂は、
孤児院の外で先に膨らむ。
商人が囁く。
「結構、売れてるらしいな」
「なのに、子供の服は相変わらずだ」
別の店主が、眉をひそめる。
「金……どこに消えてるんじゃないか?」
視線が、少しずつ変わる。
疑いが、空気に混じる。
その日の午後——
孤児院に、兵士が現れた。
「リーフ殿」
俺の前で、直立する。
「お待たせしました。
第八部隊、副官殿が到着されました」
一拍。
「詰所まで、ご同行願います」
俺は、静かに立ち上がる。
――……いいタイミングだ。
背後で、子供達の笑い声が続いている。
それを一度だけ聞いてから、扉を出た。
歯車は、もう止まらない。




