【第3部】第21話 制度の歯車
教会から戻って来た俺は、院長室へ向かう。
司祭室と比べてしまう。
相変わらず簡素だ。
――俺にはこの部屋の方が落ち着く。
俺は椅子に腰を下ろし、短く要点だけを伝えた。
「教会に話を通した――」
「孤児院での商いは、教会の庇護下になる――」
院長が息を呑む。
「……治外法権、ということですか」
「正確には、“そう扱われる”ってだけだ」
俺は肩をすくめた。
「十分だろ」
院長は、深く頭を下げた。
言葉は出てこない。
カイムが腕を組んだまま、ぼそっと言う。
「で、俺は?」
「しばらく、俺に捕まってる事にした」
カイムが眉をひそめる。
「捕まってる?」
「魔族を捕らえたってことだ。
その方が話が早い。
悪いが、お前は孤児院屋内待機。
焼き小麦を差し入れする……すまんな」
「……動けないのか」
「動かない方がいい」
カイムは一瞬、
何か言いかけて──やめた。
「……分かった」
自分が“火種”になる可能性を、
理解している顔だった。
俺は続ける。
「役割を振るぞ。
カイム。子供達に焼き小麦の作り方を教えろ。
失敗してもいい。むしろ、失敗させろ」
「分かった」
「院長」
院長が顔を上げる。
「冒険者ギルドに行け。
“美味い飯を開発中。無料試食会をやる”って宣伝してこい」
「無料試食会……場所は?」
「教会の敷地だ」
院長が一瞬、目を見開く。
「……教会にも、食わせる気ですね」
「当然だ」
俺は淡々と答えた。
「教会側が理解する。
金になるってな、そうなれば――」
「……?」
「食わせた側が、主導権を握れる」
カイムが呆れたように言う。
「お前……腹黒いな」
「ビジネスだ」
「……びじ?……何だ、それ」
「ところで、イロハ殿はどうされるのですか?」
俺は、少し考えて言った。
「俺は別の仕事がある。
……悪い虫を寄せ付けないためにな」
「悪い虫……?」
「最後に質問だ。
ここはまだ、テロワール国領内だな?」
「ええ。
このロカ・フォルテの街が国境沿いです」
「分かった」
そう言って、立ち上がった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
教会の敷地は、ざわつき始めていた。
事前告知と焼き小麦の香り。
冒険者達が集まり、足は自然と止まる。
「なんだこれ」
「……うまいぞ」
鉄板の前には人が並ぶ。
子供達は忙しい中でも、楽しんでいた。
副助祭は、その様子を遠巻きに見ていた。
その手には、孤児院の子供が持ってきた焼き小麦。
一切れ口に運び、ゆっくり噛む。
「……これは」
目が細くなる。
「帳簿管理も、こちらでやってしまえば……」
神の名を口にしながら、計算は早い。
この男は、金の匂いを嗅ぎ取っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
国境付近の軍詰所。
空気は張り詰めている。
俺が門前に立つと、兵士が槍を交差させた。
「何者だ」
俺は、わずかに間を置いた。
「……第八部隊の軍師、リーフだ」
「!?」
空気が、はっきりと変わる。
俺は淡々と告げた。
「魔族を一名、捕縛した――」
「第八部隊部隊長、もしくは副官を要請する――」
「急ぎだ――」
兵士の顔色が変わった。
「し、失礼しました!」
「俺は孤児院で待つ。あの街だ。
到着したら知らせろ」
「はっ!」
――そもそも俺の軍師の肩書き、生きてるのか?
――それに(仮)だけどな。
しかし……
――肩書きってのは、便利だな。
子供達のいない場所で、
大人の歯車が、静かに噛み合い始めていた。




