【第3部】第20話 神の名の使い方
教会は、重厚だった。
石造りの外壁。
高い屋根。
祈りの場、というより――
秩序そのものを形にしたような建物。
俺は、一人でそこに立った。
入口の脇に、見覚えのある男がいた。
路地裏で、
子供たちに言葉を流し込んでいた、あの男だ。
男は俺に気づき、眉を吊り上げる。
「貴様は……!」
その瞬間だった。
俺は、一切の迷いなく膝をついた。
額が石畳に触れる。
周囲の空気が、一瞬止まる。
「先日は、行き過ぎた真似をした」
声は低く、淡々としている。
「詫びに来た」
男が言葉を失う中、俺は続けた。
「あの後、孤児院に行きました。
あなた様の……いや、
神のご厚意があっての子供たちだと知りました」
一瞬の間。
「……あの魔族はどうした?」
「連れていた魔族は、捕縛しました」
懐から小袋を取り出し、前に差し出す。
まだまだ余裕のある、金貨を数十枚包んでいる。
「大変ご無礼をした。
これは、お詫びとなります」
「ふん。良い心掛けだ」
男はそれを受け取り、懐に収めた。
「ぜひ、私の考えが変わったことを――
孤児院でのことを、司祭にお伝えしたい」
一拍。
「それに、少なからずですが、
お布施もさせて頂ければと」
さらに一拍。
「司祭に、面通しを願えないでしょうか」
沈黙。
やがて、男は咳払いをした。
「……ふむ」
態度が、目に見えて変わる。
「私は、この教会の副助祭だ」
胸を張り、神の名を口にする。
「良いであろう。神もお喜びだ」
懐を軽く叩きながら、頷く。
「私が、口添えをしてやろう」
俺は何も言わない。
ただ、頭を下げたままだった。
司祭室は、荘厳だった。
装飾は少ない。
だが、圧がある。
中央に座る司祭は、
感情をほとんど表に出さない。
俺は、簡潔に話した。
孤児院の現状。
子供たちが働きに出ていること。
最低限で生かされている現実。
そして――
料理と、商いの話。
「子供たちの自立を目的としたものです」
間を置く。
「売上の一部は、教会への寄付とします。
この料理は――」
視線を上げる。
「子供たちの自立と、
神の慈愛を世に知らしめるためのものです」
司祭は、黙って聞いていた。
短い沈黙。
やがて、ゆっくりと頷く。
「神も、お喜びになるでしょう」
俺は最後に、お布施を差し出す。
「……子供たちに、神のご加護があらんことを」
それ以上は、何も言わない。
拒絶も、条件もない。
副助祭が、満足げに頷いた。
俺は、教会を出た。
表情は変えない。
足取りも、普段と同じだ。
――これでいい。
治外法権で、金の流れを作る。
面倒なギルドの利権にも、正面から絡まずに済む。
小さく呟く。
「……頭を下げるくらい、安いもんだ」
教会の鐘が、鳴った。
俺は、振り返らずに歩き続けた。




