【第3部】第23話 面倒くさい話
テロワール城、第八部隊訓練場——
木剣の乾いた音が響く中、
駆け込んできた兵の声が空気を裂いた。
「副官殿!火急の知らせです!」
俺は即座に振り向く。
「どうした?」
「リーフ殿が――魔族を捕縛したと!
第八部隊の部隊長、もしくは副官を要請しています!」
一瞬、思考が止まった。
「場所は?」
「ロカ・フォルテの街です!」
国境沿い。
――嫌な場所だ。
「兵を十名用意しろ。実戦装備だ」
「はっ!」
魔族——
国境——
リーフ――
最悪の組み合わせだった。
数日後、国境の詰所に辿り着いたのは夕刻だった。
張り詰めた空気は、この土地特有のものだ。
兵士たちの視線が、国境先を刺す。
しばらくして、一人の男が歩いてきた。
「暫くだな、副官殿」
――リーフ。
以前と変わらない。
掴みどころもない。
俺はまず、体を一瞥した。
「怪我は、無いようだな」
「怪我?……してないぞ。
まぁ、山芋で手が少し痒いくらいだ」
「……山芋?」
意味が分からない。
「それより魔族は?」
「孤児院にいる。今は問題ない」
「問題ない、で済む話じゃないだろう。急ぎ状況を――」
「まぁ待て」
リーフは手を上げた。
「お前も、後ろの連中も腹減ってるだろ?」
「いや、それどころではない!」
即答した俺に、リーフは淡々と返す。
「腹が減っては頭が回らん。
副官の頭が回らないと、部隊の死に繋がるぞ?」
ぐうの音も出ない。
「……分かった」
詰所の中庭——
簡素な鉄板の上で、何かが焼かれていた。
「これは……焼き小麦?」
兵の一人が声を漏らす。
「そうだ」
差し出されたそれを口に入れた瞬間――
「……っ!?」
甘み、酸味、旨味。
単純な料理のはずなのに、妙に完成されている。
「美味い……!」
「副官殿!
テロワールで食べた時より遥かに……!」
「もう一枚食うか?」
「「頂きます!!」」
兵たちの反応は、正直すぎた。
俺も、否定できなかった。
だが――
――何を食わされている……
ふと、リーフの横顔を見る。
その表情は、いつも通り淡々としている。
――内心が読めない。
俺の視線に気づいたのか、
リーフは声をかけた。
「そういえば、軍師の肩書き……
ちゃんと生きてるんだな」
「……予定通り(仮)のままだがな」
「ありがたく、その肩書き使わせて貰うぞ。
ほら、二枚目だ」
「……頂く」
――絶対これ、面倒くさいやつだ。
夜——
俺一人を連れて、リーフは孤児院へ向かった。
扉を開けた瞬間――
俺は剣に手をかけかけて、止まった。
そこには――
子供達に囲まれ、鉄板の前に立つ魔族の男がいた。
名前は、カイムと言うらしい。
隠す様子もない、羽根。
褐色の肌と羽根……それは魔族の証。
だが――
子供達は笑っていた。
恐怖も、怯えもない。
「次は俺が焼く!」
「待て、ひっくり返すのはこうだ!」
……異様な光景だった。
剣を抜く理由が、見つからない。
院長室——
リーフ、魔族の男――カイム、院長、そして俺。
「……害が無いのは分かった」
俺は正直に言った。
「だが、前例がない」
リーフは肩をすくめる。
「だが、お前を呼ぶ理由は用意した。
それで十分だろ?」
沈黙。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「……なぜ俺を呼んだ?」
リーフの目が、わずかに細くなる。
その瞬間――
俺は理解した。
これは“捕縛”の話じゃない。
“魔族”の話ですらない。
――やっぱり、面倒くさい話だ。




