【第3部】第18話 美味いは、差別を超える
朝なのに、路地裏は騒がしかった。
昨日と同じ場所に、
俺たちは足を踏み入れる。
すると――
見覚えのある兄妹がこちらに気づいた。
俺は軽く手を上げて言う。
「朝飯、食ったか?」
兄妹は顔を見合わせ、首を横に振る。
「だよな」
俺は、あっさり続けた。
「昨日の孤児院、見学させてくれた礼だ。
美味いもん食わせてやる――食いたいか?」
「……うん」
「なら、手伝え」
兄妹は、笑ってついてきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
孤児院は、昨日と同じだった。
古い建物。
質素な中庭。
中央に火を起こし、
鉄板を用意する。
院長の声で、
残っていた子供たちも集まってきた。
俺は荷を置き、
全員に届く声で言う。
「昨日、見学させてくれた礼だ!
みんなに美味いもん食わせてやる!」
「やったー!」
「ありがとー!!」
「お腹空いてたんだぁ」
「でもな……人数分作るのは大変なんだ。
そこで――」
ざわ、と空気が揺れる。
「みんなで焼くぞ」
「おぉー!!!」
「え?焼く???」
「早く食べたい!」
「作るー!!」
様々な声が上がる。
――食に対する興味は、まだ残っているな。
子供たちの視線が集まる。
「やり方を……そうだな」
俺は、横を指した。
「カイムがやる。
みんな、よく見てろ」
「お、俺?」
カイムの声が裏返る。
鉄板の前に立つカイムは、
明らかに緊張していた。
生地を流す。
広げる。
ジワッ、と火が通っていく。
カイムは両手にヘラを持ち、
ひっくり返そうとして――
盛大に失敗した。
生地が歪み、端が折れる。
慌てて形を整え、誤魔化す。
視線をちらりと子供たちへ向ける。
だが――
子供たちの視線は、
鉄板の上に釘付けだった。
カイムは、小さく息を吐く。
次の一枚。
ヘラを差し込み――
「ふん!」
勢いよく、ひっくり返す。
その瞬間――
マントの内側で何かが揺れた。
一瞬、羽根が覗く。
「……あ」
カイムが、小さく声を漏らす。
だが、誰も気づかない。
子供たちの目は、
綺麗に返った生地に釘付けだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「カイム、ソースだ」
イロハの声に、我に返った。
ソースをかける。
ジュッ――と音が弾ける。
甘酸っぱい匂いが立ち上る。
「そして……これをかけるぞ」
イロハは干し肉を取り出し、
おろし金で削る。
しゃり、しゃり――
脂が溶け、香りが重なる。
最後に、パセリ。
緑が散った。
「さぁ……食え」
イロハが子供たちに言った。
子供たちは、一斉に動いた。
「うまい!」
「おいしい!」
「もっと食べたい!」
手が伸び、口が動く。
俺も、端を一口――
「!?!?!?」
――干し肉があると無いでは全然違う!
――ソースを吸って、“肉”として蘇っている!
――燻製の香ばしさが加わる……!
――……あぁ。
――食べ終わるのが怖い。
――胃袋が、もっとくれと叫んでやがる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
院長が、ふとカイムを見る。
視線が止まる。
空気が、一瞬だけ張り詰めた。
「……まさか……魔族、です…か?」
俺は言う。
「だからどうした?」
そして、続ける。
「子供たちを見てみろ」
院長は、何も言わなかった。
そして――
あの兄妹の妹が、カイムに近づく。
少しだけ躊躇して、
それから、
笑った――
「おじちゃんは、優しい魔族さんなんだね!」
カイムは固まった。
目を瞬かせ、
口を開き、閉じる。
それでも、否定はしなかった。
「よ、よし!」
声を張る。
「今度は自分たちで焼いてみるんだ!
俺のやり方、覚えたな!?やってみろ!」
「はーい!!」
元気な声が返る。
子供たちが鉄板に集まる。
笑い声。
小さな失敗。
俺は、少し離れた場所でそれを見る。
朝の孤児院に残ったのは――
ただ、楽しそうな空気だけだった。
――これでいい。
――この焼き小麦は栄養価も高い。
それよりも――
「食べるってのは、楽しいもんなんだよ」




