【第3部】第9話 勝った瞬間に、負ける
夜は、静かすぎた。
火の音が小さく、
風も止んでいる。
俺達二人は地面に座り、火を眺めていた。
「――!!」
その違和感に気づいた時には、もう囲まれていた。
俺はすぐ立ち上がり、相手を観察する。
――数が多い。
――動きは荒いが、迷いがない。
イロハはゆっくり立ち上がり、
呑気に質問してきた。
「お前、戦闘は?」
「魔法を使う。
一通り使えるが、回復魔法が専門だ」
「……なら、計算に入れるぞ」
振り返った瞬間――
イロハはそこにはいなかった。
いつもの様に、地面に足裏だけが残っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
足裏魔法ダッシュを指の本数で出力調整する。
足指1本につき、出力10%の増減。
急加速で魔物に接近し、物理攻撃。
いつもの作業だ。
――まず、一匹目……
「……んぐっ!?」
即離脱。
俺は魔物を観察する。
相手はラーテルみたいな魔物だ。
だが、
――皮膚が硬すぎる。
衝撃は通っている。
骨も、内臓も、確実に揺れているはずだ。
それでも、魔物は立っていた。
――効いていない。
――いや、俺の手首に効いたな。
そう理解した瞬間、俺は動きを止めた。
チラっとカイムを見る。
「……試してみるか。」
――怪我したら、あいつに頼めばいい。
次の一歩。
再び、足裏が光る。
接近。
俺は指を2本突き出す。
振り被り、叩き落とす。
相手に、触れるか触れないかの間合いで。
――ここだ!
一瞬だけ、風が鳴った。
人差し指と中指。
刃のような魔力が、皮膚を裂く。
――即、解除だ!
――で!離脱!!
カイムの隣に、足裏魔法ダッシュで戻る。
俺はさっきの魔物を見る。
――成功、だな。
今度は、倒れた。
真っ二つになって。
その後、俺は同じ動きを繰り返した。
近づく。
切る。
離れる。
速くない。
派手でもない。
ただ、正確に。
何体か逃げ出した。
「追わないのか?」
カイムが聞いた。
「学習しただろ。もう来ない」
夜は、また静かになった。
戦闘というより、
処理に近い。
触れて、切って、離れる。
力ではない。
技術だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
焚き火の前で、イロハと向かい合った。
「……さっきの、何だ?」
俺が口を開くと、
イロハは少しだけ振り返った。
「硬かったな」
「いや、倒し方だ。魔法……か?」
「ウィンドカッターだ」
「相変わらず変な使い方だな」
「そうか?効率的だぞ?」
「そもそも魔法って中、長距離だ」
「俺は無詠唱で魔力コントロールが出来ない。
体の使い方でコントロールするしかない」
「……そうだったな」
「当たる寸前にウィンドカッター。
切った瞬間に解除。これで負担は軽減する」
「……指、見せてみろ」
俺はイロハの指を見た。
風の刃で、所々切れている。
回復魔法をかける。
「……生温かい感じだな」
「回復魔法は初めてか?」
「あぁ。
……肩にもやってくれ」
「肩も痛むのか?」
「最近、凝るんだよ」
俺は回復魔法の代わりに、肩を殴ってやった。
――こいつは、強い。
――だが、強さの種類が分からない。
魔法使いでもない。
戦士でもない。
考えてから動くのではなく、
動きながら、形を変えている。
――修正が、速いな。
俺は別の話を切り出した。
「……村でのことだ」
石を投げられた時の空気が、頭に戻る。
「俺は……魔法を放ってやろうって思った」
「……」
「お前にも石は当たっただろ」
「当たった」
「なぜ、威嚇しなかった?
なぜ、怒らなかった?
なぜ、受け流した?」
イロハは、少し考える素振りを見せた。
「相手の土俵に立った時点で、負けだからな」
「……?」
俺が続きを待つと、言葉が落ちてくる。
「差別も、イジメも、戦闘も同じだ。
勝とうとした瞬間、
相手の正当性を認めることになる」
短い。
断定的だ。
だが、頭の中で、繋がってしまう。
威嚇すれば――
魔族は危険。
反論すれば――
魔族は言い訳をする。
去れば――
魔族は劣っている。
どれを選んでも、負けている。
「……全部、相手の都合だな」
俺がそう言うと、イロハは肩をすくめた。
「そういうことだ」
それ以上、話は続かなかった。
代わりに、イロハが言う。
「で、魔族の国って」
少しだけ、間を置いて。
「このまま歩くのか?」
日常に戻る問いだった。
俺は、自分の羽根を動かす。
「……本当は飛んでいけば速い」
「まだ無理か?」
「二人で飛ぶには……まだかかりそうだ」
「なんなら、さっきの村でのんびり過ごすか?」
「……俺が気を遣うから、やめておく」
イロハは笑った。
笑顔を初めて見た。
――こいつは、目が離せない。
そんな気がした。




