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【第3部】第7話 旅の初日

朝は、静かだった。


夜の火が完全に消えきる前に、目が覚めた。


空気はすでに動き始めていた。

湿り気のない冷え方。


こういう朝は、

「今日は歩ける」と教えてくれる。


……と思っていたら、鉄板の音がした。


振り向くと、イロハが新しい火を起こしていた。


取り出したのは、鍋ではなく鉄の板だ。


――朝だぞ。


そう思ったが、口には出さなかった。


焼けた匂いが立ち上がる。

粉と油と、何か甘い香り。


「……それは何だ?」


「焼き小麦だ」


「なんだ、それは?」


「とりあえず食ってみろ」


鉄板の上で切り分けられる。

その一切れを口に運ぶ。


「これも、美味いな……」


でも――


――朝から、これは重いな。


ちらりと、イロハを見る。


食っては焼き……

食いながら焼き……


「……よく、朝から食えるな」


「朝は炭水化物が命だ」


――なんなんだ、そのタンスイカブツって?


こちらを見もせず、断言された。

断言されると、なぜか反論する気が失せる。


理屈を聞いていないのに、

もう決まったことのような顔をされると、

そういうものかと思ってしまう。


”焼き小麦”というらしいそれを、一枚食べた。


やっぱり重い。

だが、不思議と胃は文句を言わない。


――まあ、歩くなら悪くない……かもな。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



出発は、あっさりだった。


荷をまとめ、火を消し、道に出る。

特別な言葉はない。

村に哀愁もない。


イロハは先に歩き始め、

俺は少し遅れてついていく。


歩調は、緩い。


俺の体調を見て合わせている……わけではない。


しばらく歩いて、それに気づいた。


一定だ。

速くも遅くもない。

息が乱れない速度を、最初から選んでいる。


自分のペース、というやつだろう。


それに、俺が偶然合っているだけだ。


妙な安心感がある。


気を遣われていないというのは、楽だ。


俺がやや先頭を歩くと、視線を感じた。


正確には、見られている……ではない。

観察されている。


羽根の付け根。

動くたびに、そちらへ視線が滑る。


露骨ではない。

確認するような、測るような目だ。


「気になるか?」


「まあな」


否定しない。


「やはり、羽根は目立つか……」


「明らかに俺たちとは違うからな」


「問題になる前に、隠した方がいいか……」


「なに!?隠すのか!!?」


「どうした急に?」


「いや……気にするな」


――なんで残念そうな顔をしてるんだ?


「隠すなら……マントでも買わないとな」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



昼前、道が開けた頃に聞いた。


「お前は、なぜ俺を怖がらない?」


足を止めずに、イロハは答える。


「俺に害がなければ問題ない」


簡潔すぎる。


「魔族だぞ」


言ってから、意味のなさに気づいた。

昨夜の会話を思い出す。今さらだ。


「だから何だ?」


「……」


「固定観念は持たない主義だ。判断が鈍る」


――理解できない。


いや、言葉としては分かる。

だが、実感が伴わない。


固定観念がないというのは、

足場がないということだ。


怖くないのか。


なのに、妙に納得しかけている自分がいる。


――これが、こいつの強み……なんだろうな。


歩みを進める。


「そういえば……

 お前、武器は何を使っているんだ?」


「武器は持たない主義だ」


「格闘家か?」


「いや、物理が好きなだけだ」


――よく分からん。


――……ん?


魔物の気配に気づいたのは、俺の方が先だった。


草の揺れ方が、一定でない。

数がいる。


告げようとした瞬間、イロハが前に出た。


一瞬、足裏が光る。


そこには、もういない。


次の瞬間には、魔物を殴っていた。


俺は、イロハの元へ歩みを進める。


「身体強化魔法?……魔法使い、なのか?」


「物理を愛する魔法使いだ」


――やはり、意味が分からない。


だが――

説明するほどのことはない。


派手さもない。

ただ、確実だった。




夕方――


イロハの料理を見ながら、俺は考えていた。


こいつは、敵か味方かで物を見ない。

危険か安全かでもない。


ただ、害があるかどうか。


だが、不思議と危険さを感じない。

むしろ、目が離せない。


――こんな人間、初めてだな……


「おい」


「……どうした?」


「今日の飯だ。食え」


渡されたのは、器に入った白い何か。


「……なんだ、これは?」


「すいとん、だ」


――こいつの料理は、いつも変わっている。



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