【第3部】第6話 契約と名前
昼も、うどんを食った。
夜も、うどんを食った。
――しばらく、うどんはいいな。
火は小さい。
燃える音も、ほとんどしない。
薄暗い室内を、ぼんやりと照らしている。
壊れた家屋の中で、
二人、黙って火を見ていた。
不意に、向かいから声がした。
「お前、いつまでここにいる?」
低い声。
探る感じはない。
「決めていない」
俺は、火から目を離さずに答えた。
「だが、明日には出るつもりだ。
うどんにも飽きた。他の飯が食いたい。
それに、お前の傷も問題なさそうだしな」
火が、ぱちりと鳴る。
「……俺は、うどんでもいいぞ」
「俺が飽きたんだ」
間が落ちる。
「お前は冒険者か?」
「一応、な」
「目的はあるのか?」
「特にない」
少しの沈黙。
「……俺は、国に帰りたい」
続く言葉は、少ない。
「今は魔力が戻っていない。
一人で動くのは、少し厄介だ」
視線が、わずかに動く。
「……なぁ」
「ん?」
「……依頼を頼みたい」
「個人契約か?面白そうだな。いいぞ」
「……まだ何も言ってないが」
「どうせ護衛あたりだろ?」
「……そうだ」
火が揺れる。
「条件は一つだけだ。お前を国まで護衛する。
それは問題ない。新しい国には行ってみたいからな」
「で、条件は?」
「過程は自由にやるぞ?」
「……構わん。で、報酬なんだが……」
俺は、言葉を被せた。
「別に何でもいい。
お前の国の美味い飯屋を教えろ。
それで充分だ」
「……変わってるな」
「交渉が面倒くさいだけだ」
少しの間。
そして、ぽつりと。
「……ノクスリアだ。
魔族の国だ」
火の向こうで、影が揺れた。
俺を確かめるような目。
一拍。
「……お前、魔族だったのか」
「……分からなかった、のか?」
「野衾だと思ってた」
「のぶ……?何だ、それは?」
「妖怪だ」
「よく分からんが、俺は魔族だ」
「別に何でも構わん。
面白そうだから引き受ける。
それだけだ」
「……」
しばらく、間があった。
奴が、ゆっくり呟く。
「……カイムだ」
「そうか」
「お前は?」
「リー……いや」
一瞬だけ、迷う。
――今、こいつは“魔族”と言うことを躊躇ったな……
「“イロハ”だ」
俺は、冒険者の名前を選ぶ。
“リーフ”という名前に、リスクが浮かんだ。
「……変な名だな」
「俺もそう思う」
それ以上、話は続かない。
火を見て、
それぞれ、何かを考えている。
――さて……旅になるな。




