【第2部】第20話 我儘という名の自由
上層会議室——
その空気は、重かった。
石造りの壁。
長机。
並ぶ高官たち。
誰一人として、軽々しく言葉を発しない。
「……結論が出ないな」
最年長の評議官が、低く呟いた。
議題は一つ。
定期模擬戦の最終評価。
優勝部隊の決定。
「戦果だけを見れば、第八部隊だ」
「異論はない。だが――」
言葉が、そこで止まる。
「再現性が不明だ」
「他部隊に適用できるか、判断できない」
「何より……」
別の評議官が、指を組む。
「“あれ”は、我々の戦術体系に存在しない」
沈黙。
やがて、誰かがぽつりと呟いた。
「……思想が、違いすぎる」
その一言で、空気が凍る。
第八部隊は勝った。
だが――理解できない。
理解できないものを、頂点には置けない。
「よって」
議長が、静かに告げる。
「優勝は、第一部隊とする」
異論は出なかった。
代わりに、続く言葉。
「第八部隊は、功労賞。
戦局への影響――最大」
形式上は、二位。
だが、誰もが理解していた。
実質的な勝者は、第八部隊だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
報告を受けた、第八部隊詰所。
部隊長は、紙を机に置き、短く息を吐いた。
「……だろうな」
副官が、目を見開く。
「悔しくは……ないんですか?」
「ないな」
即答だった。
「理解されないのは、最初から分かっていた」
副官は、視線を落とす。
「今までの戦術じゃない。
いや……戦術ですらない、ですね」
「……ああ」
部隊長は、あの言葉を思い出す。
『思想だ――』
あまりにも異質。
あまりにも自由。
軍という組織が、
簡単に飲み込める代物じゃない。
「それで……」
副官の声。
「他には、何を聞かれたんですか?」
部隊長は、書面をめくる。
「……これだ」
そこには、こう書かれていた。
――この戦い方を、
――他部隊にも波及させられるか?
部隊長は、小さく笑う。
「答えは一つだな」
副官が顔を上げる。
「……他の部隊が、納得すれば、だ」
命令ではない。
強制でもない。
思想は、押し付けた瞬間に死ぬ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その夜——
詰所の奥。
部隊長と俺、二人きり。
「……リーフ、話がある」
部隊長の声は、珍しく硬かった。
俺は壁に寄りかかり、欠伸を噛み殺す。
「上から正式に言われた」
一拍。
「お前に、
この軍の指揮を取ってほしい、とな」
沈黙。
そして――
「やだ」
即答だった。
間髪入れない。
部隊長は、苦笑する。
「だろうな」
俺は肩をすくめた。
「俺、監視対象だろ?」
「……」
「戦術も訓練法も渡した。
これ以上、脅威はないはずだ」
部隊長は、言葉を探す。
「……それでもだ。お前ほど戦場を――」
「興味ない」
ぴしゃり。
俺は、淡々と続けた。
「俺は、やりたいことをやる」
部隊長の表情が、わずかに引き締まる。
「……やりたいこと、とは?」
真剣な問いだった。
沈黙。
数秒。
そして、俺は言う。
「この国の観光」
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
「牢屋にぶち込まれてから、
俺は城の中しか知らん」
「まぁ……そうだが……」
「普通、観光したいだろ。
飯も酒も文化もある」
部隊長は、思わず天井を仰ぐ。
「……お前なぁ」
「俺、流れ者だし」
悪びれない。
「戦争に勝つために来たわけじゃない。
成り行きだ」
一拍。
「面白そうだから、首突っ込んだだけ」
沈黙。
だが、部隊長は――笑った。
小さく。
深く。
「……だから、厄介なんだ」
「だろ?」
俺も少し笑う。
「俺は指揮官にならない。
王にもならない。
英雄にもならない」
一拍。
「でも、やりたいことはやる」
その背中を見て、部隊長は思う。
――制御不能。
だが、嘘がない。
「……好きにしろ」
最後に、そう言った。
俺は、ひらりと手を振る。
「じゃ、明日から観光してくるからな」




