表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界理学療法士 戦わずに勝つ“構造無双” 〜飯と制度で世界をひっくり返す〜  作者: ぺぇさん
【第二部】依存しない構造を作る~号令のいらない部隊~
40/58

【第2部】第19話 理解不能

――負けた。


その事実だけが、胸の奥に残っていた。


第二部隊の部隊長は、戦場の中央で立ち尽くしていた。


号令は止み、兵は引き、

演習地には風の音だけが残っている。


――負けた?


いや、違う。


『分からなかった』のだ。


どこで?

いつ?

何を間違えた?


密集。

正面。

圧力。

崩し。

反撃。


すべて、教本通りだった。

何一つ、間違えていない。


それなのに――


「……囲まれた?」


いや、違う。


囲まれた“気がした”だけだ。


次の瞬間には左右から斬り込まれ、

気づけば正面が空いた。


そこに、

槍が突き込まれていた。


「……馬鹿な」


呟きが、地面に落ちる。


――奇襲?


違う。


――奇策?


それも違う。


あれは……

最初から、そうなるように組まれていた。


だが、そんな戦い方は知らない。


聞いたこともない。


この世界の、

どの戦史にも存在しない。


「……あれは、戦術じゃない」


敗北を認めたくなくて、そう言いかけて……

言葉が、続かなかった。


――では、何だ?


自分が理解できないものが、

自分の兵を、部隊を、戦場を――


上回った。


その事実だけが、

静かに、恐ろしかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



演習後——


第八部隊の詰所。


部隊長は椅子に深く腰掛け、長く息を吐いた。


「……勝ったな」


副官は、黙っていた。


勝利の余韻よりも、

別の感情が胸を占めている。


「……勝ちました、けど」


その視線が、自然と俺へ向く。


「なあ、リーフ」


部隊長が言う。


「……あれは、何だ?」


副官も続ける。


「正直に言ってくれ。

 今日の戦いで、私は――」


一度、言葉を飲み込む。


「……指揮官として、ほとんど何もしていない」


沈黙。


俺は、ゆっくり口を開いた。


「別に、難しい話じゃない」


二人が顔を上げる。


「この世界の戦術は、」


俺は肩をすくめる。


「前に出て、ぶつかって、耐える」


「……」


「良くも悪くも、全部それだ」


部隊長が苦笑する。


「……否定はできんな」


この世界の戦は――


前に出て、ぶつかり、

耐え切った方が勝つ。


「だから、」


俺はあっさり言った。


「形を壊しただけだ」


「形……?」


副官が眉をひそめる。


「盾で“受ける形”を作る。

 わざと中央を薄くする」


「……あれか」


副官は模擬戦の光景を思い出す。


「敵に“押せる”と思わせた瞬間――逃げる」


俺は続ける。


「中央が下がれば、相手は前に出る。

 人は、弱い所に流れるからな」


「……」


部隊長が腕を組む。


「盾を投げたのも、作戦なのか?」


俺は近くの木剣を手に取った。


そして、副官へ軽く放る。

副官は反射的に、両手で受け取る。


「……それだ」


俺は指をさし、言った。


「人は差し出された物を、

 反射的に受け取る」


副官が小さく頷く。


「……なるほど」


「武器としてじゃない。

 “物”として渡す」


一泊。


「それだけで、動きが一瞬止まる」


部隊長が低く唸った。


「……心理か」


「余白を作るってやつだ」


俺は続ける。


「中央を薄くする。

 相手は押せると感じる」


「その瞬間、逃げる」


副官は思わず笑った。


「……性格が悪い」


「戦術だ」


平然と答える。


「そのあと、走って斬って殴って離れる」


「機動戦か」


「だから中衛に速い奴を集めた」


副官の背筋に、ぞくりとしたものが走る。


「最後に中央突破」


一泊。


「戦線が一直線になれば、一点集中だ」


部隊長が呟いた。


「それで崩れる、わけか……」


沈黙。


副官がゆっくり言う。


「……私は、知らない」


「俺もだ」


部隊長が続ける。


「そんな戦術……」


俺は、あっさり答えた。


「そりゃそうだ。

 お前たちは、重装密集戦が“正解”だからな」


「……」


「だから判断を指揮官に集める。

 兵は指示を待つ」


副官は、はっとする。


「でも今日は……兵が勝手に動いた」


俺は頷く。


「正確には、

 そう動くしかない環境を作った」


部隊長が低く言う。


「……つまり」


「兵が考えなくても」


一泊。


「体が判断する配置だ」


沈黙が落ちた。


副官が、ゆっくり笑う。


「……怖いな、それ」


俺も少しだけ笑った。


「だろ?」


そして言う。


「指揮官が要らなくなる戦術だ」


部隊長は天井を仰いだ。


「……第二部隊の部隊長が、

 理解できない顔をしていた理由が分かった」


副官は拳を握る。


「……勝てる」


確信があった。


「このやり方なら、精鋭でも関係ない」


俺は淡々と言う。


「だろうな」


そして、続けた。


「だが覚えとけ」


二人を見る。


「これが広まれば、必ず嫌われる」


「……なぜだ?」


俺は静かに言った。


「戦術じゃないからだ」


そして――


「思想だからな」


沈黙。


俺は続ける。


「だから訓練が重要になる。

 機動力——

 身体操作——

 乱戦になれば、技術なんて関係ない。

 乱戦になる前に終わらせる」


副官は黙って聞いていた。


この考え方は、

この世界の戦い方、そのものを否定していた。


「指揮官の仕事は、戦う前に終わらせる」


俺は言う。


「準備がすべてだ。

 戦場では“もしも”を考えるだけでいい」


部隊長と副官は顔を見合わせた。


『この男は、何者なんだ』——そんな顔で。




だが、今日——

確かに、何かが壊れた。


この世界の、

戦いの“前提”そのものが。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



その夜——


第二部隊長は、

一睡もできなかった。


勝てない理由が分からない。


それが、何より――


恐ろしかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ