【第2部】第18話 定期模擬戦
城外演習地。
定期模擬戦の日は、空気が違う。
土の匂いも、風の流れも、どこか張り詰めている。
「これはこれは…
第八部隊、部隊長殿。お久しぶりで」
声をかけてきたのは、
第二部隊の部隊長だった。
古参。
実力者。
常に上位。
俺より、少し若い。
「……ああ」
軽く会釈を返す。
相手は俺の背後を一瞥し、口元を歪めた。
「相変わらず人数は揃っているようで、何よりです」
――遠回しな言い方だ。
『数はいるが、使えない』
そう言っている。
「今回は、少し配置を変えたと聞きましたが?」
「……あぁ」
俺は、あえて詳しく答えない。
「ほう?」
相手は興味なさそうに笑う。
「まあ、変えたところで……
型を知らぬ兵が、型破りをやっても――」
言葉を濁し、肩をすくめる。
「……事故が起きないことを祈っております」
周囲の指揮官たちが、くすくすと笑う。
以前なら――
胸の奥がざわついたはずだ。
言い返したかった。
言葉を探した。
だが。
「……ふん」
俺は、鼻で笑った。
今の俺は、違う。
「心配ありがとう」
そう言って、視線を戦場へ戻す。
第八部隊が整列している。
落ち着いた顔——
妙な自信——
三ヶ月前なら、ありえない光景だ。
「……」
俺は無意識に後方を探す。
……いた。
副官の横。
一歩引いた位置。
リーフが立っている。
腕は組んでいない。
指示も出していない。
ただ――見ている。
――あいつ、本当に何者なんだ……
心の中で呟く。
――一泡吹かせてやってくれ、リーフ。
号令役が前に出る。
「――両部隊、配置につけ!」
兵たちが動く。
第二部隊は、いつも通りだ。
密集。
正面。
無駄のない布陣。
一方――
第八部隊。
「なんだ、あの陣形?
防ぐ気満々じゃないか」
前衛は盾で身構える。
――だが、それだけじゃない。
あれは“逃げる形”でもある。
――あんな戦い方があるとは思わなかった。
「……奇妙だな」
第二部隊の指揮官が呟く。
俺は答えない。
ただ、胸の奥が静かに熱を帯びていく。
――こんな気持ちになるのは……
――いつぶりだ?
「――開始!!」
号令が、響いた。
ここから先は――
“水の流れ”になる。
精鋭の第二部隊相手に、
どうなるか分からない。
それが、たまらなく――
兵を預かる者として、楽しみだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
この模擬戦——
私は部隊長から兵を、指揮を預かった。
隣にはリーフ……
相変わらず何を考えているか、分からない。
そして――
”開始”の合図に私は指示を出す。
「――前衛、前進!
手筈通り進め!!」
号令と同時に、声が返る。
「「応!!」」
第八部隊の前衛が、迷いなく踏み出した。
盾を構え。
間隔を保ち。
まるで、一つの生き物のように動く。
――落ち着いている。
精鋭揃いの第二部隊を相手に、
この距離、この間合いで。
――いつもなら、硬くなるのだが……
誰一人、足が止まらない。
「……いい」
思わず口をついた。
これは想定通りだ。
事前に詰めた動き。
役割分担。
進退の基準。
私は、それを再生しているだけ。
「左翼、間合い注意!
深追いするな!」
指示は飛ばす。
だが――
「了解!」
返答と同時に、
左翼はすでに距離を切っていた。
――言う前に、動いている?
第二部隊が、正面から圧をかけてくる。
密集陣形。
重装。
王道の攻め方。
「来るぞ……!」
私は前衛を下げる機をうかがう。
だが――
前衛は下がらない。
ギリギリまで盾で押し返し、
盾で殴る。
盾の列が、ゆるやかに弧を描く。
左右が、ほんのわずかに開く。
その瞬間——
前衛の指揮官が叫んだ。
「渡せー!!!」
「……っ!?」
盾が、相手へ投げられる。
渡す様に――
そして……
前衛は、一目散に撤収。
「はぁ!?」
相手は完全に思考停止する。
次の瞬間。
第二部隊の側面に、
左右から圧がかかる。
包まれる――
囲まれる――
兵たちは、
“囲め”とも――
“広がれ”とも――
命じられていない。
見て。
感じて。
動いている。
「……何だ、これ……」
攻撃が、自然発生している。
中衛から、間断なく突撃が入る。
一列。
二列。
三列。
「……嘘だろ」
攻撃が入れ替わる。
勢いが、途切れない。
第二部隊の反撃は、重い。
だが、当たらない。
当たる頃には、
もう相手がいない。
そして、機動力”だけ”を削いでいく。
その時、気づいた。
「……号令が、要らない」
背筋が、冷えた。
私は指示を出している。
だがそれは――
確認でしかない。
戦場は、
私を待っていない。
第二部隊の先頭が崩れ、
戦線が一直線になる。
この状況になれば――
次は中央突破。
私は何も言えなかった。
その時——
後ろから、声が聞こえた。
リーフだった。
「いけ、鋒矢だ」
後衛――長槍部隊が突撃する。
一点集中。
前衛の盾部隊も、
長槍に持ち替え加わる。
敵将の声が響く。
「中央、耐えろ――!!」
楔のように、前へ。
圧を逃がさず、押し返す。
その瞬間、確信した。
「……勝てる」
この戦術は、偶然じゃない。
奇策でもない。
天才のひらめきでもない。
設計されている。
兵が迷わない理由——
判断が速い理由——
命令を待たない理由——
すべてが、
そう動くしかない環境になっている。
第二部隊の動きが止まる。
号令が響く。
「――そこまで!!」
……終わった。
勝った。
静寂の中、
私は立ち尽くしていた。
胸の奥がざわつく。
喜びより先に来たのは――
違和感だった。
――私は、
今日の模擬戦で……
――私は、何をした?
号令は出した。
確認もした。
だが。
判断したか?
修正したか?
流れを変えたか?
――違う。
「……」
視線の先。
一歩引いた位置で。
リーフが、静かに戦場を見ていた。
満足そうでもない。
誇らしげでもない。
ただ、
予定通りだと言わんばかりの顔で。
その時、理解した。
この戦術は、
指揮官を“要らなくする”。
だからこそ――
――怖い。
だが同時に。
この戦術を知ってしまった以上、
もう――
“元の指揮官”には戻れない。
笑いが込み上げた。
「……はは」
勝てる。
間違いなく。
だが……
この戦場で、
一番試されているのは――
私たち指揮官の存在そのものだ。




