【第2部】第15話 再構成
『とりあえず、軍師でいいか?』
今日の訓練前に、部隊長から言われた一言だ。
『ちゃんと(仮)はつけておけ』
『……頼んだぞ、仮軍師殿』
――俺を監視するにも丁度いいだろうし。
――それに……
現代スポーツ科学がどこまで通用するか。
俺は、そのことに心を躍らせていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「装備を外せ」
その一言で、訓練場がざわついた。
「鎧もだ」
「剣も置け」
「盾も、全部だ」
兵たちは互いの顔を見合わせる。
戦場に立つ兵から、
“戦場の象徴”を剥ぎ取る。
それが何を意味するか、
全員が感覚的に理解していた。
「……正気か?」
副官が、抑えた声で言った。
「ここは訓練場だぞ。
武器も持たせず、何をさせる気だ」
俺は、兵たちの足元を見ていた。
裸足。
軽装。
地面に立つ、“人間”だけ。
「訓練するんだよ」
「ふざけるな」
副官の声が鋭くなる。
「戦場を想定しない姿に、何の意味がある!」
俺は、ゆっくり顔を上げた。
「逆だ」
「……何?」
「“戦場でも役に立たない動き”が、
戦場で活きると思うか?」
副官が言葉を失う。
部隊長は、黙って腕を組んでいる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これから、三つに分ける」
兵たちの前に立ち、地面に線を引く。
「名前を呼ぶ!それぞれ分かれろ!」
兵たちは戸惑い、顔を見合わせる。
「リッカ!前衛!」
ざわめきが起きる。
「……あいつが、前衛?」
順に名前を呼び、
百人の兵を三つに分ける。
「左から――
前衛!
中衛!
後衛!
この順に並べ」
「「「……!?」」」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「前衛は、盾だ」
前衛たちが反射的に背筋を伸ばす。
「守る。押す。弾く。殴る。
そして――逃げる」
ざわめきが走る。
「逃げる、だと?」
「逃げるのも技術だ。
止まって受けるだけが盾じゃない」
俺は地面を指で叩き、
一人の兵を見た。
「跳べ」
兵が戸惑いながら跳ぶ。
「止まれ」
着地。
膝が潰れる。
「やり直し」
「……は?」
「地面の反発を使え」
俺はゆっくり言った。
「お前が跳ぶんじゃない」
一拍。
「力を出すな。受け取れ」
さらに一拍。
「地面に“跳ばして”もらえ」
兵はもう一度跳ぶ。
今度は、音が少し軽い。
「前衛の基本訓練はこれだ。
跳ぶ、止まる、弾く。
盾は――身体操作の塊だ」
副官が口を開きかけて、閉じた。
――理解が追いついていないか。
それでいい。
次に、中衛を見る――
「片手剣部隊」
兵たちが集まる。
「剣は持たない」
「は?」
「“今日は”、持たない」
俺は腕を軽く振る。
円。
小さく、滑らかに。
「腕を振るな。
振り子のように回せ」
部隊長が口を開いた。
「……片手剣は、
振り下ろす武器じゃない」
兵たちが部隊長を見る。
「まず謝る。すまない」
部隊長は続けた。
「昔の訓練法を、そのまま引き継いでいた。
俺の思考が止まっていた」
「「「……」」」
「片手剣の重心は鍔に近い。
力で振れば止まる。
止まれば――死ぬ」
部隊長は手首を返す。
円。
円。
円。
「回し続けるんだ。
止める時は、小さくする」
俺は頷いた。
「それが、制御だ」
副官の視線が、わずかに揺れた。
最後に、後衛。
両手剣。
ハルバード。
「お前らは、従来通りでいい」
安堵が走る。
だが――
「ただし」
一拍。
「反応を足す」
「反応……?」
「そうだ。
合図で動け。止まれ。方向を変えろ。
考える前に、身体が動くか。
それだけを見る」
そして――
「武器は、あとだ」
全員に聞こえる声で、俺は言った。
「今日は、全員“人間”に戻れ」
沈黙。
やがて、副官が言う。
「……こんな訓練で、何が変わる」
俺は兵たちを見る。
さっきまで自信なさげだった者——
いつも遅れていた者——
評価されなかった者——
表情が、変わり始めていた。
「居場所が、見つかる」
副官は、何も言わない。
部隊長が静かに言う。
「続けよう」
――前衛には、プライオメトリクストレーニング。
――中衛には、ジャイロキネシスと剣の重心操作。
――後衛には、従来訓練+リアクティブトレーニング。
――次は、陣形の組ませ方だな。
夕方。
兵たちは疲労困憊だった。
剣も振っていない。
鎧も身につけていない。
それなのに――
体が重い。
「……疲れた」
誰かが呟く。
俺は、小さく笑った。
「……でも、楽しいだろ?」
兵士は笑顔で返した。
副官は、訓練場を見渡している。
混乱はある。
不満もある。
副官の目は、
ある兵で止まった。
落ちこぼれが――
落ちこぼれの顔をしていない。
副官は、それに気づいていた。
「……」
何も言わない。
まだ、飲み込めていない。
――今は、それでいい。




