【第2部】第14話 評価
訓練場は、いつもより静かだった。
いや、正確には――
音が整理されていた。
号令は少ない。
剣戟もない。
鎧が擦れる金属音もない。
代わりにあるのは、
短い指示と、規則的な足音だけ。
「次、前へ」
俺の声に、
完全未装備の兵が一人進み出る。
名前。
年齢。
利き足。
それだけを確認して、俺は言った。
「合図で全力で走れ。
十歩以内に次の指示を出す」
兵は戸惑いながらも、合図音で走り出す。
「跳べ!」
“跳べ”に反応しきれず、
中途半端な跳躍になる。
「次、目を閉じろ」
「……は?」
「閉じろ」
兵が目を閉じた瞬間、
俺は背中から軽く押す。
「うおっ!」
踏ん張る。
だが、踵が浮いた。
――尻から動く、か。
――反応にワンアクション入る。
――修正も粗い。
「もういい。下がれ」
兵は首を傾げたまま戻っていった。
横で見ていた部隊長が腕を組む。
「……何を見ている?」
「全部だ」
俺は即答した。
「力、速さ、器用さ……
出来た、出来ないの結果は見てない。
見てるのは――癖だ」
「癖?」
「身体が勝手に選ぶ動きだ。
考える前に出る答え、とも言える」
次の兵を呼ぶ。
「右へ!」
反応良好。
「左!」
途端に揺れる。
――左右差あり。
――利き足依存。
――回旋は得意だが、支持は苦手。
俺は兵の足元を見る。
靴底の減り方。
立ち位置。
構えの幅。
「……下がれ」
兵が戻る。
また一人。
また一人。
走らせる。
止める。
跳躍。
方向転換。
押す。
引く。
剣は持たせない。
装備も身に着けさせない。
――武器は、最後だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おいリーフ!」
部隊長が、さすがに堪えきれず言った。
「いつになったら訓練させる!?」
「訓練?まだ早い」
「早い?」
「“自分の体を知らない兵”に武器を持たせるのは――」
俺は肩をすくめる。
「目隠しして、刃物を振らせるのと同じだ」
部隊長は黙った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
兵は百名近い。
まだ三十人も見ていない。
昼の時点で
俺の頭はもう限界だった。
だが、流れ作業にはならない。
一人ずつ。
確実に。
そして――昼。
「……ふぅ」
俺は地面に座り込み、
そのまま背中から倒れた。
「疲れたー……」
「おい」
部隊長が呆れた声を出す。
「お前……」
「人の体を百人分“読んだ”んだぞ?
さすがに疲れた」
俺は空を見上げる。
雲が流れている。
ゆっくりと。
「……で?」
部隊長が核心を突く。
「これで、何が分かった?」
俺は起き上がり、土を払う。
「簡単だ」
「――全員、同じ訓練をする意味がない」
「……」
「向いてる“戦場”が違う。
得意な“距離”が違う。
反応が速い奴。
遅い代わりに安定する奴。
力はないが位置取りが上手い奴。
それを、同じ訓練で潰してる」
俺は兵たちの方を見る。
皆、こちらを見ていた。
「落ちこぼれは、いない」
その言葉に、
空気が少しだけ揺れた。
「特性に合った配置をされてないだけだ」
部隊長は、ゆっくり息を吐く。
「……それで?
どうする気だ?」
「先に質問。
弓と魔法使いは別部隊なんだよな?」
「あぁ。中、長距離は別部隊だ」
「了解……」
俺は少し考える。
いや、正確には――
考えるフリをしているだけだ。
もう答えは決まっていた。
「三つに分ける」
「三つ?」
「前で止める奴。
中で回す奴。
後ろで終わらせる奴」
部隊長の口角が、わずかに上がる。
「面白い事を言うな」
「面白くないぞ。現場は地獄だ」
俺は肩をすくめる。
「でも――」
俺は、再び兵たちを見た。
「正しい場所に立てば、人は強くなる」
部隊長も兵たちを見渡し、
そして言った。
「……副官が黙っていないぞ」
「知ってる」
俺は、にやりと笑う。
「だから面白いんだろ?」
評価は終わった。
だが――
戦いは、ここからだった。




