【第2部】第12話 対話
俺は、模擬戦で使った石畳を見ていた。
くっきり残った、足跡。
最初の立ち位置は、一点。
模擬戦の進行を、脳内で追う。
――次に立った場所は、この辺か……
跡は一点から、二点へ。
二点から、楕円へ。
そして楕円は、扇状に広がる。
――足裏の力か……?
いや、あれは人間のスピードじゃない。
なら、足裏から魔法か?可能なのか?
副官の顔を思い出す。
――顔を立ててやったが、止めるべきだったかな。
さて。
そろそろ飯を食い終わった頃か?
お茶でも誘って、色々聞いてみるか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
食堂では――
「ふー……食った食った」
――軍の食堂、おかわり自由とか最高か!!
模擬戦後、部隊長の計らいで
休憩と称した、飯の時間になった。
もちろん、監視の意味もあるのだろう。
食堂は俺一人ではない。
何人か、すでに飯を食っている兵士もいる。
案内してきた兵士も、ずっと近くにいる。
ちなみに軍の飯は……
おかわり自由がなければ、
リピートはない。
そんな味だ。
――さて、そろそろ呼ばれるか?
そう考えていると、
予定通り、部隊長がやってきた。
「食後のお茶でも、どうだ?」
「……付き合おう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
部隊長の執務室は、静かだった。
灯りは一つ。
机の上には地図と、いくつかの書類。
そして、陶器のカップが二つ。
「……お茶の味には自信は無いが」
そう一言、添えられる。
――なら、お茶と誘わなければいいものを。
口には出さないが、
毒は吐いておく。
「……ここなら、邪魔は入らんだろ」
探りの空気じゃない。
――腰を据える気だな。
部隊長は向かいに座り、指を組んだ。
「模擬戦の話だが」
「……部隊長も大変だな。
副官のわがままを正当化するのも」
「気づいてたか」
「副官の顔を見れば分かる」
「……純粋に戦闘を見たかった、という理由もある」
「で、何か分かったか?」
一拍。
「知りたい」
率直だった。
「足裏から、魔法を使ってるのか?」
「あぁ」
「……普通思いつかないぞ」
「“一般論”を疑えば、
方法はいくらでも思いつくぞ?」
「……お前は、魔法の反作用をどう処理している?」
俺は、少し考えた。
「処理、か……」
「詠唱、してないだろ?」
「あぁ」
「裸足は儀式でもない」
「ない」
部隊長は頷く。
「なら、どうして身体が壊れない?」
俺は、自分の手を見る。
「壊れるほど、溜めない」
「……溜めない?」
「出力を、分ける」
部隊長の眉が動く。
「分散?」
「そう。
一か所に集中させない」
足。
指。
関節。
「身体全体を、逃げ道にする」
部隊長は、しばらく黙った。
「……それは」
「“一般論”じゃないだろ?」
先に言ってやった。
「鍛える時間が要る。
感覚も要る。
失敗すれば、怪我で済まない」
部隊長は、苦笑した。
「柔よく剛を制す……と言ったか?あれか?」
「それだ」
沈黙。
今度は、俺が聞く番だ。
「なぁ、部隊長」
「何だ」
「逆に聞く。
詠唱で反作用を抑えるって――」
言葉を選ぶ。
「“威力”を落とすだけだろ?」
部隊長は、目を伏せた。
「……あぁ。威力は落ちる」
短い肯定。
「だが、それでいい」
「いい?」
「ただの魔法使いなら、ほっとける」
「なるほど。
なら、初級以上の魔法を使えるやつは、
監視対象ってことか?」
「そういうことだ。
中級以上の魔法使いは、国が管理する。
考えてもみろ。
自暴自棄になった魔法使いが、
町中で魔法を放ったらどうなる?
クーデターでも起こしたら?
他国に渡ったら?
……そういうことだ」
――均衡を保つには、理にかなったシステムか。
「……だから、お前の対処に困るんだ」
「だろうな。
俺は初級魔法しか使ってない」
「……どうやってる?聞いてもいいか?」
「足の指から、ファイアーボールだ。
射出の威力を、加速力にしている」
「……阿呆だな」
「阿呆だろ?」
お茶を一口飲み、
部隊長は俺を見る。
「お前は、何と戦っている?」
即答だった。
「特に何も」
「……それで、あの強さか?」
「制御不能で死にたくない、だけだ」
「魔法の制御か?」
「……昔な」
俺は、少しだけ言葉を探した。
「制御できると思ってたんだ。
でも……人が絡むと、難しくなる」
一人増える。
二人増える。
役割が増える。
――患者。
――家族。
――看護師。
――医師。
善意が重なるほど、判断は濁る。
手のひらを、軽く握る。
「分からないものほど、乱す。
知らないままだと、壊れる」
俺は、部隊長を見た。
「だから――
自分の領域だけは、
自分で制御する」
部隊長は、しばらく何も言わなかった。
やがて、ぽつりと。
「……柔らかくないと、強くならない。
そう言ったな」
「ああ」
部隊長は、そこで言葉を止めた。
カップに残った茶を、ゆっくり揺らす。
「――それは」
一拍。
「教えられる、ものなのか?」
俺は、すぐには答えなかった。
天井を見て、息を吐く。
「……教えられる。だが、」
視線を戻す。
「“使える”かどうかは、別だ」
「どういう意味だ?」
「柔らかさは、誰でも作れる。
問題は――
それを身体操作として扱えるか、だ」
部隊長は、深く息を吐いた。
「それも……教えられるのか?」
「さぁな」
二人で、同時に笑った。
「……なぁ、リーフ。
俺の部隊、一度見てくれないか?」
「俺はお前の監視下だろ。
好きに使えばいい」
「助かる」
「ちなみに、勝手にどっかには行かん。
いなくなる心配はするな。
その時は、ちゃんと伝える……と思う」
「なんだそれ」
そう言って、最後の一口を飲み干した。




