【第2部】第9話 判断
詰所の奥。
外部の音が届かない、小さな部屋。
地図と記録板だけが置かれたその場所で、
俺は椅子に深く腰掛けていた。
向かいには、副官。
机の上には、封を切られた一枚の指示書がある。
「……釈放、ですか」
副官が、確認するように言った。
「正確には“拘束解除”だ。
自由行動は認めるが……『監視下に置け』とのことだ」
俺は、淡々と答える。
「随分と、曖昧な扱いですね」
「だからこそだ」
指示書を、指で軽く叩く。
「殺す理由もない。
だが、放置する理由もない」
副官は、少し考え込む。
「隊長。
私には、この理由が分かりかねるのですが……」
「戦闘のせいだ」
「……戦闘能力、が高いのですか?」
「能力“だけ”なら、危険人物は処理対象だ」
俺は首を横に振り、続ける。
「問題は、考え方だ」
副官が、眉をひそめる。
「……思考、ですか?」
「そうだ」
あの日の光景を思い出していた。
多数の魔物を、
“作業”として圧倒する戦闘スタイル。
不可思議な魔法の使い方。
常に地形を見る目。
相手との距離を測る癖。
無駄な動きの無さ。
そして――
正義感ではない。
優しさでもない。
行動理由が、明確すぎる。
「訓練された兵とも、ただの魔法使いとも違う」
「詠唱もない、と報告書に記載されていましたね」
「そこなんだ」
部隊長は、静かに言った。
「魔法を“撃っている”感じがしない。
あれは、使っているというより……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「動きに、組み込んでいる」
副官は、息を飲む。
「……危険では?」
「危険だ」
即答だった。
「だが、敵対しているわけでもない」
沈黙が落ちる。
「上は、“観察”を選んだ」
俺は、指示書を畳む。
「リーフ――そう名付けた」
「本名は明かさなかった、と」
「ああ。だが、それでいい」
俺は、椅子から立ち上がる。
「しばらくは、俺が監視する」
「了解しました」
扉に手をかけたところで、
俺は振り返った。
「……覚えておけ」
副官が顔を上げる。
「ああいうタイプはな――」
「?」
「閉じ込めると、余計に厄介になる」
そう言い残し、部屋を出た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そのころ。
石造りの牢の中。
俺は壁にもたれ、目を閉じていた。
「……さて」
頭の中で、戦場を再生する。
空き地。
視界良好。
逃げ場あり。
――条件が良すぎた。
「問題は、閉所だな」
狭い通路。
天井の低い室内。
足裏魔法ダッシュを全力で使えば、
壁に叩きつけられる。
「詠唱組は、出力を調整してる」
だが、俺は無詠唱だ。
つまり――
「身体側で、やるしかない」
足の裏を、意識する。
――ん?
“足底”って、考える必要があるのか?
そもそもファイアーボールは、足の甲からも出せた。
なら――
十本の足指。
「一本一本から出せるんじゃないか?」
であれば……
「全部使う必要、ないよな」
全力で踏み切るなら、十本分。
そう考えれば――
「一本減らせば、一割減」
二本なら、二割。
単純だ。
直感的だ。
「閉所なら、三本。
加速じゃなく、“位置調整”」
さらに、思考を進める。
「指先での発動……ありだな」
これまで、魔法は“面”で使っていた。
足裏。
手のひら。
だが、指なら?
「点になる」
微調整が利く。
反作用も小さい。
「肘から出して威力アップ……は却下」
肩が死ぬ未来が、はっきり見えた。
「二重詠唱は……今は無理だな」
集中が割れる。
今はまだ、手を出す段階じゃない。
「……でも」
閉所でも動ける。
全力じゃなく、制御された加速。
「形には、なるな」
完成じゃない。
実戦投入も、まだ先。
だが――
「方向性は、見えた」
それで十分だ。
鉄格子の外で、遠く足音がする。
「……拘留、か」
まあいい。
考える時間がある限り、問題ない。
俺は、静かに息を吐いた。
――次に動く時は、もう一段、上だ。
目を閉じ、思考を終える。
今は――待ちだ。




