【第2部】第8話 思考
牢屋は、静かだった。
石壁。
鉄格子。
足音は遠く、会話もない。
悪くない。
考えるには、ちょうどいい。
――リーフ、か。
与えられた名前を、頭の中で転がす。
仮の名。
管理のための名。
ここでの“俺”を呼ぶための記号。
俺は、ふと思い出した。
――ギルド登録の時だ。
あの時、書面を渡された。
文字だらけの紙。
この世界の文字。
何が書いてあるかは、
さっぱり分からなかった。
だが、記載欄は一箇所だけだった。
となれば――
「……名前、だよな」
他国出身。
流れ者。
そう言い切れば、
知らない文字でも通るだろう。
俺はペンを握り、
知っている文字を書いた。
『イロハニホヘト』
意味はない。
ただの順番。
ただの日本語。
それでも、通った。
ギルド上の俺の名前は「イロハ」だ。
使うことは、まず無いだろう。
だが――
記録の中には、確かに残っている。
『リーフ』と『イロハ』
名前が二つあるというのは、
案外、便利かもしれない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
次に、村のことを考える。
燃やした理由?
それは、もういい。
判断としては、間違っていない。
だが――
気になる点は、別だ。
あの村の傷跡は、二種類あった。
獣のもの。
そして、人のもの。
家屋の壊れ方。
地面の抉れ。
争った痕跡。
どちらか一方じゃない。
「……魔獣使い、か?」
それとも――
人の抗争の後に、獣が寄ってきた?
どちらにせよ、
火葬してから魔物が集まるまでが、早すぎる。
――偶然にしては、出来すぎている。
裏がある。
だが。
「……そこは、国の仕事だな」
俺が追う話じゃない。
深入りすれば、面倒が増える。
責任も、敵も。
今は――
生き残る方が優先だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最後に、戦い。
今回の戦闘は、完遂できた。
だが――
「条件が、良すぎた」
空き地。
視界良好。
障害物なし。
足裏魔法ダッシュが最大限に機能した。
距離管理。
一体ずつ。
確実に削る。
だが――
「狭所なら?」
路地。
建物内。
退路がない場所。
足裏魔法ダッシュは、使えない。
「……物理が効かない相手なら?」
殴れない。
蹴れない。
骨も、内臓もない。
その時、俺はどうする?
魔法は、少ない。
派手な攻撃は、狙われる。
つまり――
「今回は、勝てる条件が揃っていただけだ」
万能じゃない。
再現性は、限定的。
それを理解していない奴から、死ぬ。
俺は、天井を見上げた。
――改善点は、山ほどある。
動きの切り替え。
距離の作り方。
狭所での立ち回り。
物理が通らない敵への手段。
課題は、明確だ。
「……悪くないな」
問題が見えるということは、
まだ、"伸びる"ということだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
鉄格子の向こうで、足音がした。
思考を止める。
今は――
"ここまで"でいい。
俺は、まだ拘束されている。
だが――
考える自由までは、奪われていない。
それで十分だ。
次に動く時のために。
俺は、静かに目を閉じた。




