【第2部】第6話 移送
馬の歩調は、一定だった。
縄で縛られ、馬の横を歩く。
逃げようと思えば、出来なくはない。
だが、そうしなかった。
理由は単純だ。
――逃げる理由が、ない。
「……名は?」
前を行く男――
部隊長が、振り返らずに聞いてきた。
「呼び名は特にない」
「本名だ。記録に残る」
少し考える。
この世界で名を名乗ることの意味を、
まだ測り切れていない。
「……流れ者だ。適当に書いとけ」
部隊長は、小さく息を吐いた。
「そういう訳にはいかん」
「なら、後でいい」
それ以上、詰めてはこなかった。
聞くべき時と、聞かない時を知っている男だ。
「村の件だが……」
馬上から、部隊長が淡々と続ける。
「到着時、すでに散々な状態だった。
抗争の痕跡が多数。
だが、死体は見当たらなかった」
「燃やした」
即答だった。
部下の一人が、わずかに息を呑む。
だが、部隊長は歩調を緩めない。
「理由を聞こう」
「疫病の可能性があった」
一瞬の沈黙。
「断定は出来ない。
ただ、可能性がある以上、放置は出来なかった」
「……続けろ」
「死体を集めて燃やした。
臭いが出る。案の定、魔物が寄ってきた」
前方で、部下が振り返る。
「全部、倒した」
事実だけを並べる。
感情は、挟まない。
「ただ……」
少しだけ、言葉を置く。
「火葬が終わるまでは、離れたくなかった」
部隊長は、そこで初めて馬を止めた。
振り返り、こちらを見る。
「理由は分かった」
短く、はっきりと。
「正当性もある。
少なくとも、村を見捨てたわけじゃない」
一拍、置く。
「だが」
「……」
「この国では、火葬は禁忌だ。
信仰にも、法にも触れる……知らなかったか?」
試すような視線。
「すまないが、知らなかった……流れ者でな」
そう言って、ポケットに意識を向ける。
縄はある。
だが、関節は殺していない。
指先を滑らせ、カードをつまみ出す。
「……これだ」
ギルドカードを差し出した。
部隊長は、わずかに目を細める。
「縄で縛ってるのに、器用なもんだな。
名は……異国の文字か?読めんな」
「柔よく剛を制す」
「?」
「知らないか?
柔らかくなければ、強くなれないぞ?」
部隊長は、カードから目を離し、俺を見た。
そして――
「……ほぅ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
太陽が傾き、木々がオレンジ色に染まる。
遠くに城壁が、薄っすらと見えてきた。
兵たちの歩調が、無意識に整う。
「……でかいな」
「テロワール城だ」
――テロワール……
覚えにくい名前だな。
相変わらず、魔王のことは忘れてる。




