【第2部】第5話 任務
城の鍛錬場に、鉄の匂いが満ちていた。
剣と剣がぶつかる音。
呼吸を整える号令。
規則正しい動き――それが、この城の秩序だった。
「部隊長。招集です」
部下の声に、俺は木剣を下ろした。
汗を拭う暇も与えられず、伝令が続ける。
「郊外の村と連絡が途絶えました。
税の徴収も未了。確認の任が下りました」
――嫌な役回りだ。
連絡が途絶える村。
税が納められない理由。
そのどちらも、ろくな結末を連れてこない。
「五名で行く。装備は軽めだ」
討伐命令ではない。
だが、剣を置いていく理由もない。
馬を走らせながら、胸の奥で嫌な感覚が膨らんでいく。
この仕事に慣れたはずなのに、それでもなお――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
村が見えたのは、森を抜けてすぐだった。
いや、正確には
村だったはずの場所だ。
家屋の一部は崩れ、
畑は踏み荒らされ、
空気に、はっきりとした異臭が混じっている。
「……魔物です」
部下の一人が呟いた。
その直後だった。
視界の先で、人間が一人、戦っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
剣ではない。
槍でも弓でもない。
――速い。
地面を蹴る、というより……
地面に触れた瞬間、弾かれるように消える。
次の瞬間には、魔物の側面。
さらに次には、背後。
一撃。
確実に急所だけを穿ち、すぐ離脱。
「……妙だな」
魔法は使っている。
だが、詠唱も、派手な光もない。
攻撃呪文は放たれない。
魔法を放つ動作もない。
魔物が倒れるたび、
男は必ず距離を取る。
追われない位置。
囲まれない位置。
常に“次に生きる場所”を確保している。
「部隊長……」
部下の声が、わずかに浮ついていた。
それも無理はない。
これは――
見慣れた戦い方じゃない。
「……二人。村の様子を確認しろ。
残りは、俺と一緒に警戒だ」
命じながらも、
俺の視線は男から離れなかった。
派手さはない。
英雄譚に歌われることもない。
ただ――
一体ずつ、確実に減っていく。
無駄が、一切ない。
それが、妙に恐ろしかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
村の奥から戻ってきた部下の顔色が、
すべてを物語っていた。
「部隊長……」
「言え」
「抗争の跡が多数」
「死体は?」
「見当たりませんが……
おそらく、あの炎の中かと……」
俺は炎を、ちらりと見る。
――疫病の可能性があったってことか……
――あの男から話を聞くしかあるまいな。
とはいえ――
「火葬か……」
この国では、忌避される行為だ。
信仰にも、法にも、触れる。
だが――
「……広がりは?」
「ありません。
焼かれている場所も、離隔されています。
手際が、良すぎるくらいです」
俺は、再び男を見る。
戦闘は、終わりに近づいていた。
最後の魔物を倒し、距離を取り、呼吸を整える。
――逃げる気は、ない。
それが分かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
剣を抜く。
その音で、男がこちらを向いた。
警戒はしている。
だが、怯えはない。
炎の前から離れない。
「王都衛兵だ!」
声を張る。
「この村で起きた件、説明してもらう!」
男は、少しだけ目を伏せた。
「……分かった」
その一言で、確信した。
こいつは――
悪人ではない。
だが。
「法に背いた。
死体の火葬……見過ごすわけにはいかん」
俺は、命令を下す。
「捕縛しろ」
部下たちが動く。
男は、一言だけ抵抗した。
「……炎が消えるまで、この炎は俺の責任だ。
鎮火するまで、待たせて欲しい」
俺は、許可した。
縄をかけられながらも、
その目は炎を見ていた。
その目にあったのは、
後悔でも、恐怖でもない。
――覚悟だ。
「部隊長……」
部下の声が、かすかに揺れる。
分かっている。
俺も、同じ気持ちだ。
だが、俺たちは衛兵だ。
法の側に立つ者だ。
正義かどうかではない。
秩序かどうかだ。
「鎮火次第、連れて帰る」
この任務が――
ただの確認で終わらないことを、
俺は、もう知っていた。




